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ヒヤシンスの恋
第2章 薔薇の秘密
…白を基調とした20畳ほどの広々とした空間に、それはまるで優雅なオブジェのように泰然と置かれていた。

「…わ…すごいわ…。
グランドピアノだわ…」

菫はうっとりと驚嘆の声を上げる。
…スタインウェイ&サンズ…。
菫ですら知っている世界最高峰のピアノブランドだ…。

それに、グランドピアノを近くで見たのは久しぶりだ。

…やっぱり、とても美しいわ…。
磨き抜かれた極上の漆黒の色…。
優美で優雅な曲線を描くフォルム…。 
けれど、よく使い込まれているのが分かる象牙色の鍵盤…。

「あんた、ピアノ習ってたの?」
「…小さな時に少しだけ…。
6歳から小学校3年生まで…。
中学受験の塾通いが忙しくなって辞めてしまったので、3年くらいだけです…」
「まあ、大抵そうだよね。
日本の子どもは勉強や部活が優先で、稽古事は次第に忘れられていく…」
淡々とこともなげに言う。

「…はあ…」

…本当はそうではない。
ピアノは楽しかったけれど、センスも才能もなかった。
一緒に習っていた幼馴染の早苗ちゃんはソナチネ、ソナタとどんどん進んだのに、菫はブルグミュラーで四苦八苦していた。
当然、ピアノ教室の発表会でも演奏する曲に差をつけられた。
早苗ちゃんはエルガーの愛の挨拶だったが、菫はベートーベンのトルコ行進曲だった。

それですっかりやる気をなくし、受験勉強を盾に辞めてしまったのだ。

…私はいつでも中途半端だわ…。
嫌になると、すぐ辞める…。

だから、発表会でだけ弾けたグランドピアノには憧れと…少しだけ複雑な想いがある。


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