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ヒヤシンスの恋
第2章 薔薇の秘密
「…あ、お姉さんの名前も聴いてなかったね?」

相変わらず、アンニュイにどうでも良い口調で尋ねられる。

「羽村です。
羽村菫です」
「すみれ…?花の?」
「は、はい…」
…あ、また世界中の煌めきを集めたような笑顔だ。
「可愛い名前だね」
…ふうん…じゃあ…
「ミレイて呼ぶよ」
「へ⁈」
唐突な発言に思わず変な声が出た。

「僕、ミレイの絵が好きなんだ。
落穂拾いのミレーじゃなくて、オフィーリアの絵の方ね。
お姉さん、ちょっとミレイの絵の女の子みたいだから。
いつも泣きそうな顔をしてるとことかさ。
…いいでしょ?」

…オフィーリアの絵…
なんだっけ?
なんかどこかで観たような気もするけれど…。
ピンとこないまま…
「…い、良いですけど…」

…亮ちゃんはスミちゃんスミちゃん…て、ゼミで初めて会った時から呼んできたっけ…。
『菫…なんて可愛い名前だね。
スミちゃんて呼んでいい?
いやあ…スミちゃん…て可愛い呼び名だなあ…』
…自分で言って1人で照れていたっけ…。
あの時は、亮ちゃんのすることなすこと全てに胸がきゅんとして、堪らなかったな…。

「ミレイ。決まりね」
…あ…。
美しい青年はぐっと貌を近づけて微笑んだ。
…また、名も知らぬ薔薇の薫りに包まれる。

「僕は稀村染布。
染める布でそぬ」
「…そぬ…?」
菫は睫毛を瞬いた。
…変わった…名前…よね。

菫の不思議そうな表情に応えるかのように、淡々と詳らかにする。
「…母親が韓国人だったんだ。
だからこんな変てこな名前さ」

反射的に首を振る。
「変じゃありません。
素敵な綺麗な名前だわ」

意外そうに青年…染布はその美しい琥珀色の瞳を細めた。

「…ありがとう、ミレイ」

…そうして、グランドピアノの片方のスツールに座り、菫に白い手を差し伸べた。

「おいで、ミレイ。
最初のレッスンを始めよう」


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