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ヒヤシンスの恋
第1章 菫のため息
「へ?」
亮一はきょとんとした貌で菫を見た。
その天下泰平な表情に更に苛々とする。

「だってさ!ここに越してきてまだ2週間だよ?
私、友だちはおろか知り合いも居ないしさ!
寂しいじゃん!亮ちゃん毎日居ないなんてさ!」

亮一はぷっと吹き出し
「なんだよな。子どもみたいに。
たった3ヶ月だよ?
スミちゃんの仕事はどこでも出来るんだし、なんなら千葉の実家に帰ってのんびりしてもいいし。
あ、大学の友だちと旅行でもしたら?
ゆっきーやしおりんとか…」

「…実家はお兄ちゃんとこの赤ちゃん預かってるから居るとこないもん。
お義姉さん、もう職場復帰するから赤ちゃんうちのお母さんたちに預けて働くんだってさ。
お義姉さんの実家海外だからさ」

「へえ!沙織さん、さすがだなあ。
国際線のCAって子育てしながらはキツそうだけどなあ」
無邪気に感心する夫に無性に腹が立つ。
…兄嫁の沙織は才色兼備で有名で、亮一は独身の頃から沙織を見るたびに
『お義姉さん!!あざっす!!今日も目の保養ができました!!』
と土下座せんばかりに崇拝していて、デレデレなのだ。

「…でもお母さんとお父さんがほぼ育児してんだよ。
しかもお兄ちゃん育メンだからリモートワークメインだし。
沙織さんはたまに帰ってきた時、ちょっとご飯食べさせたりお風呂入れたりするくらいじゃん」
ついつい辛口になってしまうのだ。

「スミちゃん。スミちゃんに悪口は似合わないよ。
沙織さん、保育園の空きが出るまで…て同居してるんだろ?
スミちゃんのご両親はまだまだお若いから孫の育児もそんなに大変じゃないだろうしさ」
おおらかに笑われて頭をヨシヨシされる。

…確かに意地悪すぎたな…と、すぐに反省する。
沙織は単なる頑張り屋さんなのだ。
海外育ちらしい竹を割ったような性格の沙織を、菫は決して嫌いではない。
義理の妹の自分に優しくしてくれるし、ベタベタせず程よい距離感の良い義姉だとは思う。

「…そうだよね。
赤ちゃん育てながら国際線に乗るのは大変だよね」

素直に頷いた菫に、亮一は安堵したのか、パスポートを持ちながらダイニングに戻った。

「うわあ!海老の天ぷら美味そう!!
俺、スミちゃんの天ぷら大好きなんだよなあ」
亮一の陽気な声を聞き、菫は苦笑しながら残りの天ぷらを揚げる支度を始めたのだった。


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