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第2章 傘立て



「じゃあ、相馬、お疲れ。今日は本当ありがとね」

「どこ行くの」

 エレベーターのほうに戻ろうとする私に、相馬は予想できて然るべき問いを投げた。

「総務にゴミ袋あるかなーって思って。さすがに傘ないとね、濡れちゃうし」

「いやいやいや」

 相馬が片手をひらひらとあおぐ。

「入ってけよ、俺の傘に」

「や……やだよ、相馬が濡れちゃうじゃん」

「何、珍しく謙虚じゃん」

 相馬が片頬を上げて笑う。
私はいつだって心がキレイよ、と言い返す前に相馬は、

「びしょびしょの状態で満員電車乗るのはさすがに迷惑じゃね?」

「満員じゃないでしょ、この時間なら」

「台風で遅れてたら、そこそこ混んでるかもしれないぞ」

 う、……確かに。

「……でも」

「いいから」



 相馬がガラスの押戸を開く。
ざあっと雨風が吹き込む。
急激に強気がしぼんでいく。

この中をゴミ袋だけで走る? 
パンプスで? 
駅まで何分掛かるだろうか、
五分、いや、滑らないように気をつけるなら十分?



 相馬が傘をばさりと開いた。

「ほら、行くぞ」

 彼に借りを作りたくない。
弱みを見せたくない。
頼りたくない。

けれど、今夜ばかりは仕方ないのではないだろうか。
そうだ、こんな台風の夜に、私に仕事を押しつけた部長が悪いのだ。

これは不可抗力だ。



「……お邪魔、します……」


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