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unbalance
第4章 視線
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シャワーの音を遮るべくイヤホンの音量をガンガンに上げていたので、霧野が風呂から出たことに気がつかなかった。
視界の端で、廊下に繋がるドアが動いた気がして顔を上げると、細く開いたドアの隙間から、霧野が顔だけ覗かせていた。
身体をドアに隠して、バスタオルを被った頭を傾けて、口元もタオルで隠して。
うわ、え、何その仕草?
かわい……と、声が漏れそうになるのをすんでのところで押し留める。
俺は慌ててイヤホンを外した。
「お疲れ。何かあった?」
「あの、ね、ドライヤーある?」
そうか。そういえばそうだった。
「悪い。出す出す」
俺は本に栞を挟んで立ち上がる。
平静を装うため、ドライヤーの在処について一生懸命記憶を辿りながら。
「あ、いいの、自分で出すから場所だけ教えて……」
「いや、洗面所じゃなくて廊下なんだよ。普段使わなくて」
冬のコートが入れっぱなしになっている、廊下の大きめのクローゼットに、確か突っ込んであったはずだ。
いつぞやの元カノが置いていったドライヤー。
別れてから存在すら忘れていたけれど、捨てた記憶もない。
探せばあるはずだ。
遠い記憶を掘り返していた俺は、霧野の過剰な慌て振りに疑問をもつことができなかった。