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第29章 約束



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 改札を出ると、すぐに人待ち顔の相馬が目に入った。

 スーツではなかったけれど、水曜日の帰りほどラフな格好でもなかった。
襟付きのシャツに、くるぶし丈のコットンパンツ。
いつもの仕事用とは違う、明るい茶色の革靴。

手に社用スマホを持って、鞄はなかった。
髪はセットされたまま。



 電車内の空調とは比べるべくもないけれど、夏真っ盛りより夜はぐっと涼しくなった。
遠くで一匹だけ蝉が鳴いていた。

人の姿はまばらだった。
この時間帯に会社を出ることもあるから、よく知っている。
この時間は、残業上がりのサラリーマンがちらほら通るだけで、人は少ない。



「お疲れ」

 相馬が私を見つけて微笑む。



ああ、だめだ。



決意を固くしてきたはずなのに、その優しい微笑みを見て、咄嗟に俯いてしまった。

わかっている。呼ばれてほいほいやってくるなんて、私、かなり都合のいい女だ。



 会いたいと思ってしまった。
疲れ切っていて、こういうときは一人になるのがいちばんのはずなのに。
相馬になら、会いたいと。


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