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第32章 記憶



話すと決めたはいいものの、どうせやっぱり、何それ覚えてない、なんて返事が返ってくるのだろうと思った。



 実際は、そうではなかった。
話すうちに、相馬はしだいに私から手を離し、隣に座ったまま今度は自分の頭を抱えた。



「霧野、聞いてたの……」

「覚えてるの?」

「覚えてるもなにも」



 相馬が盛大に息をついて、手を伸ばして自分の席からグラスを取ると、ぐっと大きめに一口飲んだ。

「追加注文していいすか」

「あ、うん……」

「……呼んじゃっていいの? めっちゃ、泣きましたって顔してるけど」



 しまった! そうだった。言ってくれてよかった。

「ちょっと待って! 直すから!」



 慌ててポーチを出して、壁を向きながら手鏡で目元のメイクを確認する。
マスカラは無事。
剥げかけたアイシャドウとベースメイクをパウダーで抑える。
白目が赤いのはどうしようもないけれど、少なくとも泣き顔には見えないように。



 相馬が対面の席に戻りながら、

「ほんとすげえな、技術」

「みっ見ないでよ!」

 はは、ごめん、と相馬は笑うけれど、こっちは冗談じゃない。
私がパウダーを閉じるのを見て、相馬が、もういい? と聞くので頷いた。


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