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第11章 奇跡



 幸せ、だった。

 自分がやってしまったことは死ぬほど恥ずかしいけれど、それもまた事実だった。



 相馬が私を呼ぶ切羽詰まった声。
汗で貼り付く肌、力強い腕、荒い息。
私に向けられた、熱い、それでも優しい、目線。



 あんな夜、本当だったら有り得るはずのなかったことで、でも幸運にも有り得てしまって、そして、有り得てしまったが故に、また欲しくなってしまう。
けれど、本来なら一度だって奇跡みたいなもので、二度と来るはずがない夜。



 幸せだった。
心の中で呟く。過去形で。
ぎゅっと胸が締めつけられる。
幸せだった。
いいことじゃない。何を悲しむことがある。
また込み上げてきた涙を、奥歯をぐっと噛み締めてこらえる。



 相馬のほうは、どう思っているのだろうか。
単純に、誰でもいいからできてラッキーと思っているかもしれない。
そういう日もあるよね、ぐらいに思っているかもしれない。
手慣れてそうだもんな。モテそうだし。
こういうことも、彼にとっては日常茶飯事かもしれない。
もしかしたら、私に恥をかかせないために、応じてくれたのかもしれない。
私がいろいろ溜まってると思って、付き合ってくれたのかもしれない。

 私にとっては人生で一度の大冒険でも。彼にとっては、きっと。

 それでいいんだ。私では彼には釣り合わない。

 帰ろう。


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