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第11章 奇跡



幸い、鞄に汗ふきシートがあった。
けれど、歯ブラシはさすがに持っていない。

どうしよう。相馬に口が臭い女なんて思われたら一生の恥。
いっそ台風に吹き飛ばされてしまっていたほうがまだましだったってもんだ。
私と相馬の仲をぐちゃぐちゃに掻き回すだけ掻き回して、去ってしまった、あの台風に。
……なんて、自分の堪え性がなかっただけなのに、ぜんぶ台風のせいにしようとする。



 そうだ、このままこの家を出てしまうのはどうだろうか。
そうしたら、相馬に臭いと思われなくて済むし――顔も合わせなくて済む。

 今相馬と話したら――うっかり、言ってはいけないことを言ってしまいそうな気がする。

 ……帰りたくない、とか。

 これで終わりにしたくない、とか。



 セフレでも構わない、もう一度名前を呼んでくれるなら、とすら思ってしまうけれど、でもこれはきっと今だけの衝動で、きっとそんなことになったら、いつか後悔する。

 だから、続きを望んだりもしない。
責任とか何とか、面倒くさいことを言うつもりもない。
月曜日から、何事もなかったように日常に戻れればそれでいい。
相馬が、あんまり外で言いふらさないでくれるといいけれど、まあ、私と一晩過ごしたことなんて自慢にもならないし、たぶん、大丈夫でしょう。



 今日は、心を鬼にして帰るのだ。

 この決意が揺らがないうちに、相馬と顔を合わせずに家を出たい。


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