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天狐あやかし秘譚
第82章 悲壮淋漓(ひそうりんり)

☆☆☆
ダリが黄泉の坂道を疾走していた。
右手に持った古槍を振りかざし、左右を断崖絶壁に囲まれた坂道の何処からとも知らぬ場所から湧き出続ける醜い黄泉の鬼達を斬り捨てながら。
その姿は常のように舞うように優美であるが、彼の表情は固く、いつもその身にまとっている独特のゆとりは全く感じられなかった。
「にゃああっ!」
先導する黒猫が一声、鳴く。それは彼を急かしている呼び声だった。
急がなければと思ってはいるのだが、無限に黄泉路の闇から這い出してくる妖魅と黄泉平坂の底から立ち昇ってくる劣悪な瘴気が、彼の歩みを阻んでいた。
ダリも天狐という妖怪であるには違いないのだが、その性質は神に近い。従って、黄泉の穢れは『気涸れ』に通じ、その力の十全な発揮を阻害する方向に働いていた。それは人の子の庇護下にある『式神』もまた同様である。彼を先導する黒猫、猫神もまた、かなり消耗しているはずであった。
「にゃ!」
そのはずであるのだが、猫の表情が読めないので、辛いのかどうかはいまいちわからない。
「主、この先に本当に綾音がおるのだな?」
目の前の黄泉醜女を三体、一気に横薙ぎにして、ダリが尋ねると、猫神は再び短く「にゃ」と応えた。それは「信頼しろ」と言っているように聞こえる。
「信じるぞ」
この黄泉醜女たちの群れを綾音がどう乗り越えたのか
人が生きるにはあまりにも濃すぎる瘴気の中、本当に、先に進んだのか・・・
疑問は残った。しかし、たとえ一分、一厘でも可能性があるなら、行かないわけにはいかなかった。そこに、もし苦しんでいる綾音がいるのなら。
その一心で、彼は槍を振るい、闇の坂道を疾走し続けた。
しかし、数が多すぎる。
ダリの妖力は長大無比だが、無限ではない。使えば減り、回復を待たなければ満足に戦うことはできなくなる。大技で一時に薙ぎ払おうかと思案もしたが、この先にどのような危険が待っているか見通せない以上、妖力の目減りは押さえなければならない。
更に悪いことに、累々と群れをなす黄泉醜女たちの向こう側で、瘴気がさらに一段階濃くなった気配を感じた。そして、そこからワラワラと湧き出してきたのは、人の子の死骸、『骸』(むくろ)と呼ばれる者たちだった。
ダリが黄泉の坂道を疾走していた。
右手に持った古槍を振りかざし、左右を断崖絶壁に囲まれた坂道の何処からとも知らぬ場所から湧き出続ける醜い黄泉の鬼達を斬り捨てながら。
その姿は常のように舞うように優美であるが、彼の表情は固く、いつもその身にまとっている独特のゆとりは全く感じられなかった。
「にゃああっ!」
先導する黒猫が一声、鳴く。それは彼を急かしている呼び声だった。
急がなければと思ってはいるのだが、無限に黄泉路の闇から這い出してくる妖魅と黄泉平坂の底から立ち昇ってくる劣悪な瘴気が、彼の歩みを阻んでいた。
ダリも天狐という妖怪であるには違いないのだが、その性質は神に近い。従って、黄泉の穢れは『気涸れ』に通じ、その力の十全な発揮を阻害する方向に働いていた。それは人の子の庇護下にある『式神』もまた同様である。彼を先導する黒猫、猫神もまた、かなり消耗しているはずであった。
「にゃ!」
そのはずであるのだが、猫の表情が読めないので、辛いのかどうかはいまいちわからない。
「主、この先に本当に綾音がおるのだな?」
目の前の黄泉醜女を三体、一気に横薙ぎにして、ダリが尋ねると、猫神は再び短く「にゃ」と応えた。それは「信頼しろ」と言っているように聞こえる。
「信じるぞ」
この黄泉醜女たちの群れを綾音がどう乗り越えたのか
人が生きるにはあまりにも濃すぎる瘴気の中、本当に、先に進んだのか・・・
疑問は残った。しかし、たとえ一分、一厘でも可能性があるなら、行かないわけにはいかなかった。そこに、もし苦しんでいる綾音がいるのなら。
その一心で、彼は槍を振るい、闇の坂道を疾走し続けた。
しかし、数が多すぎる。
ダリの妖力は長大無比だが、無限ではない。使えば減り、回復を待たなければ満足に戦うことはできなくなる。大技で一時に薙ぎ払おうかと思案もしたが、この先にどのような危険が待っているか見通せない以上、妖力の目減りは押さえなければならない。
更に悪いことに、累々と群れをなす黄泉醜女たちの向こう側で、瘴気がさらに一段階濃くなった気配を感じた。そして、そこからワラワラと湧き出してきたのは、人の子の死骸、『骸』(むくろ)と呼ばれる者たちだった。

