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天狐あやかし秘譚
第82章 悲壮淋漓(ひそうりんり)

通常、人の子は死すればその身は朽ち果て、魂ごと常世とも呼ばれる『黄泉』に至る。黄泉と現世の間には、神代の昔から厳密な境目が定められており、死する者の国と生ける者たちの国は交わらないようになっている。
死者は黄泉にいるときこそ生者と変わらぬ姿をしているが、死したまま現世に現れれば腐れ落ちた姿である『骸』となる。この状態ではその思いは朦朧とし、喋ることもできず、己が肉体の安寧を求めて現世の光を求め、生者を喰らう。『骸』が溢れれば現世は瞬く間に地獄絵図と化すのだ。
・・・あのような者が溢れているということは、黄泉路が完全に開いた、ということか・・・
そこにもし本当に綾音がいるならば、黄泉路が開いたということは、彼女が生を繋ぐことができる猶予はほとんどないことをそのまま意味していた。
致し方ない
ダリの決断は早かった。
手にした槍の穂先を上に、石突を地に突き立てる。
「真澄鏡 清し清しと 別かるるものを
ぬばたまの 夜の夜に鳴く かささぎよ去ね」
穂先から清浄な光が迸る。
それは、散魂術と呼ばれ、歪んで存在する魂を安寧のまま、常世に送り届ける術式だった。
濃密で清涼な光が、球体となって広がり、周囲の闇と瘴気を圧していく。
不浄なるものよ、闇より出づる者よ
彼の岸に還るがいい
ダリの思いに呼応し、光が爆発する。
一瞬にして、黄泉平坂が真っ白に染まった。
「にゃあああ!!」
ダリの足元では、猫神もまた、眩しさに耐えかね、伏せていた。
数秒の後、恐る恐る猫神が顔を上げると、あれだけ無数にいた黄泉の鬼と骸達がきれいに消え去っていた。
「ゆくぞ」
ダリが黄泉の底に向けて歩き出す。猫神はその後を慌てて追いかけ始めた。
そのダリの足取りが先程までに比べて若干、重く、ふらついていることに、猫神は気づかなかった。
死者は黄泉にいるときこそ生者と変わらぬ姿をしているが、死したまま現世に現れれば腐れ落ちた姿である『骸』となる。この状態ではその思いは朦朧とし、喋ることもできず、己が肉体の安寧を求めて現世の光を求め、生者を喰らう。『骸』が溢れれば現世は瞬く間に地獄絵図と化すのだ。
・・・あのような者が溢れているということは、黄泉路が完全に開いた、ということか・・・
そこにもし本当に綾音がいるならば、黄泉路が開いたということは、彼女が生を繋ぐことができる猶予はほとんどないことをそのまま意味していた。
致し方ない
ダリの決断は早かった。
手にした槍の穂先を上に、石突を地に突き立てる。
「真澄鏡 清し清しと 別かるるものを
ぬばたまの 夜の夜に鳴く かささぎよ去ね」
穂先から清浄な光が迸る。
それは、散魂術と呼ばれ、歪んで存在する魂を安寧のまま、常世に送り届ける術式だった。
濃密で清涼な光が、球体となって広がり、周囲の闇と瘴気を圧していく。
不浄なるものよ、闇より出づる者よ
彼の岸に還るがいい
ダリの思いに呼応し、光が爆発する。
一瞬にして、黄泉平坂が真っ白に染まった。
「にゃあああ!!」
ダリの足元では、猫神もまた、眩しさに耐えかね、伏せていた。
数秒の後、恐る恐る猫神が顔を上げると、あれだけ無数にいた黄泉の鬼と骸達がきれいに消え去っていた。
「ゆくぞ」
ダリが黄泉の底に向けて歩き出す。猫神はその後を慌てて追いかけ始めた。
そのダリの足取りが先程までに比べて若干、重く、ふらついていることに、猫神は気づかなかった。

