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天狐あやかし秘譚
第82章 悲壮淋漓(ひそうりんり)

☆☆☆
にゃ!
ダリの力によって一瞬とは言え清浄な空気を取り戻した黄泉路は、先程よりもよほど駆け抜けやすかった。猫神は再びダリを先導し、坂を降りきった後、右に、そして左に曲がっていった。
にゃああ・・・
しかし、そこで、猫神は止まった。いや、正確には、身体を竦ませたのだ。
ダリが程なくして追いついてくる。
そこには、先刻、綾音が対峙し、麻衣がこじ開けてしまった黄泉の岩戸の成れの果てがゴロゴロと地面を埋め尽くしていた。そして、その奥には・・・
「遅かったな・・・主か?この者の、想い人・・・は?」
妖艶な笑みを浮かべる日本最古の女神、イザナミが岩でつくった椅子に腰を下ろしていた。そして、その前に、ぐったりと横たわる人影があった。
「あ・・・綾音!」
それは綾音の変わり果てた姿だった。
張りあった皮膚はあちこちが醜く爛れ、首から肩にかけては黒く腐り落ちていた。豊かではないものの、美しかった黒髪はその大部分が抜け落ち、頭蓋の一部がズル剥けて白い骨が見えていた。目は虚ろを宿し、そこに生気はなかった。
「み・・・な・・・いで・・・」
ジクジクと腐り始めた唇がかろうじて言葉を刻む。
よく見ると身体には蛆が湧き、うねうねと蠢いては皮膚を食い破っていた。死臭が漂い、ハエがたかっている。
胸に大きな穴があいており、そこに心臓はなかった。
「これは、もはや『骸』じゃ。連れて帰ってもよいが、単なる悪鬼ぞ?」
ふふふ・・・と、邪神は笑った。
ギリリ、とダリが歯を鳴らす。古槍がダリの感情に呼応して、カタカタと震えた。
「貴様か・・・」
ギン、とダリがまっすぐにイザナミを睨みつける。
尻尾がぶわりと膨らみ、妖力の高まりから髪の毛が煽られるように揺らめく。周囲の大気がチリチリと震えていた。
それは、東北で綾音に出会い、数多の妖怪、怪異を屠ってきた彼が、恐らく初めて見せる、激昂の表情だった。
「貴様がやったのか、と聞いている」
そんなダリの様子に臆することなく、薄く笑いながら、最悪の邪神は笑った。
「贄として、いただいた」
瞬間、稲妻を纏ったダリが、文字通り雷光の速さでイザナミに突っ込んでいく。
「あやかしごときが・・・」
すっと手を上げると、ダリの槍撃を受け止めた。
にゃ!
ダリの力によって一瞬とは言え清浄な空気を取り戻した黄泉路は、先程よりもよほど駆け抜けやすかった。猫神は再びダリを先導し、坂を降りきった後、右に、そして左に曲がっていった。
にゃああ・・・
しかし、そこで、猫神は止まった。いや、正確には、身体を竦ませたのだ。
ダリが程なくして追いついてくる。
そこには、先刻、綾音が対峙し、麻衣がこじ開けてしまった黄泉の岩戸の成れの果てがゴロゴロと地面を埋め尽くしていた。そして、その奥には・・・
「遅かったな・・・主か?この者の、想い人・・・は?」
妖艶な笑みを浮かべる日本最古の女神、イザナミが岩でつくった椅子に腰を下ろしていた。そして、その前に、ぐったりと横たわる人影があった。
「あ・・・綾音!」
それは綾音の変わり果てた姿だった。
張りあった皮膚はあちこちが醜く爛れ、首から肩にかけては黒く腐り落ちていた。豊かではないものの、美しかった黒髪はその大部分が抜け落ち、頭蓋の一部がズル剥けて白い骨が見えていた。目は虚ろを宿し、そこに生気はなかった。
「み・・・な・・・いで・・・」
ジクジクと腐り始めた唇がかろうじて言葉を刻む。
よく見ると身体には蛆が湧き、うねうねと蠢いては皮膚を食い破っていた。死臭が漂い、ハエがたかっている。
胸に大きな穴があいており、そこに心臓はなかった。
「これは、もはや『骸』じゃ。連れて帰ってもよいが、単なる悪鬼ぞ?」
ふふふ・・・と、邪神は笑った。
ギリリ、とダリが歯を鳴らす。古槍がダリの感情に呼応して、カタカタと震えた。
「貴様か・・・」
ギン、とダリがまっすぐにイザナミを睨みつける。
尻尾がぶわりと膨らみ、妖力の高まりから髪の毛が煽られるように揺らめく。周囲の大気がチリチリと震えていた。
それは、東北で綾音に出会い、数多の妖怪、怪異を屠ってきた彼が、恐らく初めて見せる、激昂の表情だった。
「貴様がやったのか、と聞いている」
そんなダリの様子に臆することなく、薄く笑いながら、最悪の邪神は笑った。
「贄として、いただいた」
瞬間、稲妻を纏ったダリが、文字通り雷光の速さでイザナミに突っ込んでいく。
「あやかしごときが・・・」
すっと手を上げると、ダリの槍撃を受け止めた。

