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天狐あやかし秘譚
第82章 悲壮淋漓(ひそうりんり)
しかし、その槍の穂先は彼女の眉間を捉えることはなかった。
『ビキン』と鈍い音がしただけで、宙空で静止したのである。

「天乃衣(あまのころも)じゃ・・・お主らは、『結界』と呼ぶのかの?」

イザナミは周囲に己を侵害する全てをはねのける最強の結界『天乃衣』(あまのころも)を展開していた。それはダリの一撃を持っても破壊できないほどの強度を誇っていた。

「無駄じゃ・・・
 のお、そろそろ飽いたぞ。
 中つ国の狐よ、この骸とともに、黄泉に沈め」

イザナミが右手の人差し指をダリに差し向ける。そこからレーザーのような黒い光が放たれ、ダリの右肩を貫いた。

「ぐう・・・」
「おっと・・・すまぬ。心の臓を狙ったつもりが、外してしもうた・・・」

ピ、ピ、ピ、・・・

何発も黒い光の弾丸がダリを撃ち抜いた。嗜虐的な笑みを浮かべ、明らかにイザナミはダリの苦しむさまを楽しんでいた。

「だ・・・り・・・」

骸となった綾音の目に血の涙が溢れる。

ー逃げて・・・あなただけでも・・・お願い
 お願い、生きて・・・あなたは生きてほしい・・・

「主は・・・愛しい女子(おなご)を救いに来たのだろ?
 ほれ・・・ほれ・・・なんじゃ?
 それではもろともに死すだけぞ?」

イザナミは、肩、腕、耳、頬、腹などは狙ったが足は狙わなかった。彼女は待っていたのである、ダリが音を上げて、綾音を置いて逃げ出すことを。半ば予想しながら、楽しんで、その時を待っていたのだ。

「このように醜くなった者は捨て置いて逃げるが吉ぞ?
 これ以上傷つけば、主も逃げること敵わぬのぉ・・・」

銃弾を十数発、その身に受けた時、とうとうダリが膝から崩れ落ちる。かろうじて天魔反戈を杖代わりに膝立ちになってはいるが、とても立ち上がれる状態ではなく、まして戦える状態ではなかった。

ーお願い・・・もう、逃げて・・・

綾音はなんとか言葉を紡ごうとする。しかし、腐り始めた身体は思うように動くことはなかった。恐らく脳も腐り始めているのだろう。考えもよくまとまらなかった。

「逃げぬのか?
 まあ、それもよかろう・・・ならばお主も黄泉の骸となれ・・・」

再びイザナミがダリの方に指を差し向けた。今度こそ、その指はダリの心臓を捉えていた。その指先に漆黒の光が灯る。
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