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天狐あやかし秘譚
第33章 季布一諾(きふのいちだく)
「珍しいな・・・イッた後もこうして抱っこっせてくれるなんて」

言わないでよ・・・。そんなこと言われたら、いつも通りに突き放さなきゃいけないくなる。お願い、今日は、このまま・・・。

「わいは、嬉しいけどな」
チュッと額にキスをくれた。そんな些細な行為が、簡単に私を幸せにしてしまう。

今なら・・・言っていいだろうか?

「今日は・・・その・・・ありがとうございました」
言って、恥ずかしくなって、私は顔を伏せた。そして、照れ隠しに、彼の背中に回した手に力を込め爪を立てた。

「いっつ!今日?・・・ああ・・・桔梗のことか?」
コクリと頷く。目が見れない。そして、きっと何を感謝されているか、彼は正確にわからないだろう。

ぽん、と頭に彼の大きな手が乗る。
「よお、頑張ったな。」

ほら、勘違い。そこじゃない。
やっぱりわかってない。

「それに・・・いなくなったら、どうしようかと思たで?」

気を抜いたところに、言われたものだから、びくん、と身体が素直に反応してしまった。伝わってないことを祈るばかり。平気な振り、なんでもない振り。

「今日、私、頑張りましたので・・・」

わざと、そっちに乗ってみる。ぎゅっと腕に力を入れる。

「だから・・・ご褒美ください。・・・もう一回・・・抱いてください」

クリクリと頭を彼の胸板に押し付ける。お願い・・・。今夜だけでもいいから、勘違いさせて。

私を・・・私だけを見て・・・。

ぴりりりりり♪
だけど、その私の願いは、無情で無粋なスマートフォンの呼び出し音のため、叶うことはなかった。

電話に出た土御門様の表情が仕事モードに切り替わる。

「ああ、分かった・・・すぐ行く」

私は自分の体を引き離す。今、彼の方から身体を引き離されたらきっとショックだからだ。
だったら、自分から離れる。

「何か、ありましたか?」
努めて事務的に。うまく、できたかな?

「品々物之比礼(くさぐさのもののひれ)が・・・強奪された」
土御門様は、厳しい表情でそう言った。
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