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天狐あやかし秘譚
第42章 愛多憎生(あいたぞうせい)
☆☆☆
「ぐおおおおおああああ!!!!」

獣の雄叫びを上げ、疱瘡神と化した真白が、半人半獣の狐男に襲いかかる。狐男はそれを迎え撃つように前に出ると、手にした古槍をひらりと一閃した。三日月のような斬撃が空を切り、そのまま真白の身体を両断するかに見えた刹那、

「えやみあれ まがねみだせよ くたすかぜ」

おぞましい声を上げ、口から黒い風を吐き出した。狐男は槍を引き、体の前でぐるぐると回転させる。

あれが、本当に真白なのか?
雪のように白かった肌は青緑色に爛れ、顔の半分は溶けたように崩れていた。
女の子らしい甘い体臭は、死肉の放つ瘴気に置き換わってしまっていた。

あれが・・・あれが・・・。
真白が恐れた、姿。

慄きながら変貌した真白を見つめる俺を尻目に、狐男が距離を取るように離れた。
「腐れの風か・・・厄介な」
どうやら、こいつは、自分の後ろにいる女を守りたいらしい。綾音、といったか。疱瘡神が口から吐き出した黒い風は傍から見てもものすごい瘴気を放っている。あれを浴びたら狐男はともかく、人間の女はひとたまりもなく身体が腐れ落ちるだろう。それを忌避したのだ。

「に・・・い・・・さまああああ!」

名を呼ばれて我に返る。陰陽師に課せられた鎖は真白の初撃で砕け散っていた。

動ける・・・のか。

瘴気を払いきれていないことから、狐はすぐには動けない。俺を束縛した男の陰陽師も瘴気で近づけない・・・。

今しか、ない!

俺は縛り上げられているシラクモに向かって奔った。陰陽師がなにかほざいたが、無視だ。そのままシラクモの体に手を触れ、足玉の力で全回復させる。

「起きろ!シラクモ!!撤退だ!」

シラクモの頬を一発叩く。パチリと目を覚ましたシラクモ。目が覚めればこっちのものだ。瞬く間に領巾の力で虫を呼びよせ、自らの戒めを解いた。

なんとしても、逃げなくては・・・。真白を逃さなければ!

瞬時に状況を把握したシラクモは、体の周囲に4つの『穴』を穿つ。

「虫たちよ!!」

一気に穴から虫が溢れ出し、俺を、シラクモを、真白を、そして、名越鉄研を包んでいく。女陰陽師が悲鳴を上げるが、ここまでくれば止めることなどできないはずだ。

俺達の体は虫に包まれ、宙空に舞っていった。
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