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天狐あやかし秘譚
第55章 不立文字(ふりゅうもんじ)
☆☆☆
ゆっさゆっさ・・・

意識がぼんやりと焦点を結びだす。体の前面がほんのりと温かい。

なんだろ・・・気持ちい・・・
ゆらゆらしている

ゆっさゆっさ・・・

さっきまでなんか夢見ていたような。
あれ?頬に雫が・・・私・・・泣いているの?

ゆっさゆっさ・・・

街の喧騒が聞こえる。すぐ横を車が走っている感覚。
額に優しい春の夜風を感じる。

今、歩いている?私・・・
え?寝ながら?
どうやって・・・・

ゆっくり目を開くと、目の前に誰かの肩。肩越しに夜の街が揺れていた。
はっと気づく。ここに来てやっと私は理解した。

おんぶされている?

何か帯のようなもので私の身体はダリにくくりつけられていた。紐だけで支えられているわけではなく、お尻に彼の手が添えられているので安定感はあった。

横を歩いている人の表情が目に入る。
二人連れの女性たちがクスクスと笑っていた。

薄目でそれを見て、やっと頭の中がはっきりする。
「だ・・・ダリ!・・・なんで!?」
「おお、やっと目が覚めたか」
「まま、へいき?」
「綾音殿・・・『ひんけつ』とな?」
「大丈夫ですか・・・?突然倒れられたんですよ?」

どうやら、東京ドームからの帰りらしい。場所は既に綿貫亭の最寄り駅を出たところだった。清香ちゃん、芝三郎はもちろん、清美さんや美幸ちゃんが私のことを心配そうに見ていた。

そうか、私、東京ドームで倒れちゃって・・・。
あれ・・・そういえば試合中いっぱいイカされちゃって、潮も吹いちゃって・・・お股びしょびしょのはずじゃあ・・・。

そこまで思い出して赤面するのを止められない。さり気なくスカートを確認すると、濡れているようには見えない。・・・が、濡れている感触はバッチリある。

ダリが、いつぞや清香ちゃんの服を幻で調整したように、私のずぶ濡れのスカートを幻術を使って濡れていないように誤魔化してくれているのだとわかった。ついでに、私は貧血で倒れたことになっているらしい。
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