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天狐あやかし秘譚
第62章 【第15話 黄泉平坂】不知不覚(ふちふかく)

☆☆☆
【現在:石川県君津市】
はあ・・・。
事務室で、竹内可奈子がため息をつく。
「どうしたんですか?可奈子さん」
エプロンを付けた管理栄養士の光恵がその様子を心配して声をかけた。可奈子はこの施設の中でもとびきり元気な方で、入所者からも好かれている職員だ。その可奈子が浮かない顔をしているのは珍しいことだった。
「うん・・・麻衣ちゃんのことなんだけどね・・・ちょっとどうしていいかわからなくて」
「ああ、私もちょっと見てて・・・胸が痛いですよね」
可奈子の言葉に、光恵も得心する。
「ん?この間入ってきた片霧麻衣のことかい?」
事務所の奥にいる施設長の緒方が顔を上げた。50過ぎで、頭に大分白いものが混じっている男性だった。この施設で30年以上、子どもたちの面倒を見ている超ベテランである。
話題になっている片霧麻衣とは、この児童養護施設『なのはな園』に最近入所してきた10歳の少女だった。
「まあ、あんなことがあったら・・・誰だってねえ・・・」
麻衣は、つい先日まで何不自由ない普通の暮らしをしていた女児だった。しかし、ある出来事が彼女の生活を一変させてしまったのだ。
能登半島地震
麻衣が住んでいた地域は一番被害がひどい場所だった。家屋が倒壊し、土砂災害、火災・・・地震直後は町中が焼け野原のようになってしまっていた。
そして、彼女は、一瞬の内に両親を含めた家族、親戚、友人、知人・・・あらゆる人の縁を失ってしまったのだ。
「まだ、話さないのかい?」
麻衣は、倒壊した家屋の隙間にぴったりとはまるような形で奇跡的に大した怪我もなく救出された。しかし、自分の家族が全員この世を去ったことを知り、そのショックから、言葉を発しなくなってしまったのだ。
数週間の入院を経て、脳や神経に異常がないことは確認されている。大学病院での心理治療も数週間受けた。しかし、あの日から、彼女は全く言葉を発することがなくなってしまったのだ。
彼女がこの施設に来て、もう1年以上が経っていた。彼女の担当をしている可奈子は、そのことを気に病んでいるのだ。
「ええ・・・週に2回のプレイセラピーは続けています。でも、ほとんど遊びらしい遊びもしないんです。この間は、こんな絵を描いていました」
【現在:石川県君津市】
はあ・・・。
事務室で、竹内可奈子がため息をつく。
「どうしたんですか?可奈子さん」
エプロンを付けた管理栄養士の光恵がその様子を心配して声をかけた。可奈子はこの施設の中でもとびきり元気な方で、入所者からも好かれている職員だ。その可奈子が浮かない顔をしているのは珍しいことだった。
「うん・・・麻衣ちゃんのことなんだけどね・・・ちょっとどうしていいかわからなくて」
「ああ、私もちょっと見てて・・・胸が痛いですよね」
可奈子の言葉に、光恵も得心する。
「ん?この間入ってきた片霧麻衣のことかい?」
事務所の奥にいる施設長の緒方が顔を上げた。50過ぎで、頭に大分白いものが混じっている男性だった。この施設で30年以上、子どもたちの面倒を見ている超ベテランである。
話題になっている片霧麻衣とは、この児童養護施設『なのはな園』に最近入所してきた10歳の少女だった。
「まあ、あんなことがあったら・・・誰だってねえ・・・」
麻衣は、つい先日まで何不自由ない普通の暮らしをしていた女児だった。しかし、ある出来事が彼女の生活を一変させてしまったのだ。
能登半島地震
麻衣が住んでいた地域は一番被害がひどい場所だった。家屋が倒壊し、土砂災害、火災・・・地震直後は町中が焼け野原のようになってしまっていた。
そして、彼女は、一瞬の内に両親を含めた家族、親戚、友人、知人・・・あらゆる人の縁を失ってしまったのだ。
「まだ、話さないのかい?」
麻衣は、倒壊した家屋の隙間にぴったりとはまるような形で奇跡的に大した怪我もなく救出された。しかし、自分の家族が全員この世を去ったことを知り、そのショックから、言葉を発しなくなってしまったのだ。
数週間の入院を経て、脳や神経に異常がないことは確認されている。大学病院での心理治療も数週間受けた。しかし、あの日から、彼女は全く言葉を発することがなくなってしまったのだ。
彼女がこの施設に来て、もう1年以上が経っていた。彼女の担当をしている可奈子は、そのことを気に病んでいるのだ。
「ええ・・・週に2回のプレイセラピーは続けています。でも、ほとんど遊びらしい遊びもしないんです。この間は、こんな絵を描いていました」

