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第2章 旅の始まり

風がそっと木々を揺らし、水面にさざ波を立てる。その音が心地よく響き渡り、沙織は思わず足を止め、その景色に見入った。鏡のように澄んだ水面に映るのは、あたかも沙織と悠の心を映し出したかのようだった。

悠の心は池の水のように透明で穏やかだ。しかし、沙織にはその澄んだ表面にひそむ鋭い警告を感じずにはいられない。虎頭岩の険しい形相が、まるで戒めの視線となって自分を見つめているように思えたのだ。

水面に映る木々の影が風に揺れるたびに、沙織の心もまた、揺らいでいる。その揺らぎは彼女の中に潜む不安や迷いを映し出しているようであった。

池のほとりに立ち、妙香池の澄んだ水面を見つめる沙織の胸には、次第に重くのしかかるような思いが湧き上がった。水面に映る木々は、彼女自身の心の乱れをそのまま反映しているように見えた。悠の澄んだ心が水面に映る光そのものであるとするなら、虎頭岩の冷たい静寂は、彼女に対する戒めの象徴のようだった。「私の願いは、この穏やかな美しさを壊してしまうのだろうか？」その問いは胸の奥で小さく、けれど確かな形で響き続けた。

しばしの静寂の後、二人はその場を後にし、舎利殿へと向かう。池の水音が、二人の背中をそっと押すように響いていた。

舎利殿は、鎌倉唯一の国宝建築であり、その静謐な佇まいは訪れる者の心を自然と引き締める。ここには、源実朝が宋から請来したという釈迦如来の歯が祀られている。普段は一般公開されていないが、特別公開の日には、その姿を一目見ようと多くの人々が集う。その荘厳な建築美は、時の流れを超えてなお圧倒的な存在感を放っていた。