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第3章 女中　千勢（ちせ）

　それまで、じっとお辞儀をしたままだった千勢が顔を上げて、誠一の顔を真直ぐに見ながら　「気に懸けていただき有難う存じます。」　と、答えた。背筋を伸ばすと、細面（ほそおもて）の端正な顔立ちと、綿紬の着こなしに現れたスラリとした体型が際立ち、知的で清楚な雰囲気を漂わせた。千勢は続けて話し始めた。

　「実家は、上州高崎で代々の医師でしたが、両親ともに早くに亡くなり、身を寄せる先は母方の叔母だけでございました。高等小学校までは出してもらい、一年ほどは家事を手伝っておりましたが、やはり叔母の嫁ぎ先に長居はしづらいので、奉公先を探しておりました。そうしましたら、父の学友で、私の様子をずっと見守って下さっていた方がいらして、その方がかつてこの下宿に居たご縁があって、紹介して下さったのです。そして、＜ここでなら、夜間女学校に通いながら学資を貯めて、女子医専を目指せるから、将来は高崎に戻って、代々続いた医院を再興しなさい＞と、励ましていただいております。」