この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
東京帝大生御下宿「西片向陽館」秘話~女中たちの献身ご奉仕
第1章 女中頭 幸乃(ゆきの) ~ 「西片向陽館」の秘密

その時、台所から汁椀をのせた大盆を持ってきた女中と一緒に、年の頃五十ほどの、茶色厚手の背広を着た男が、大股で部屋に入ってきた。 「皆さんお集まりのようなのでね。君が吉川君だね。館主の三島です。よく来てくれたね。」 と言いながら、誠一のお膳の前で<あぐら>に座り、対面した。幸乃が素早く酒杯を渡して酒を注いだ。
誠一は正座し直して、 「叔父からも、早い機会にご挨拶するように言われていました。よろしくお願いします。」 と言うと、 「君の叔父上とは、かつて、この下宿で一緒に過ごした間柄でね。こうやって、酒を酌み交わして時局を論じたものだ。私は銀行勤めをしながらではあるんだが、先代の館主に後継ぎがいなかったので、5年ほど前に仰せつかった次第だ。この下宿の卒業生ということもあるが、実は先代の家も、私の家も、元々はこの辺りに屋敷を構えた阿部の殿様の家来衆で、ご維新後もずっと親交があってね。」 と、一気に話してから、誠一の顔を覗き込み、言葉を続けた。
「叔父上とのご縁がまた繋がって嬉しいよ。しっかり学業に励んでくれ。」 と言い置いて、慌ただしく退室していった。幸乃が、小走りに後を追いかけた。ほどなく、汁椀を飲み干した笠井が、 「幸乃さんは三島さんと一緒に消えてしもうたが。我々もそろそろじゃの。」 と、含み笑いをしながら立ち上がり、襖を開けて奥の「座敷」に入っていった。
誠一は正座し直して、 「叔父からも、早い機会にご挨拶するように言われていました。よろしくお願いします。」 と言うと、 「君の叔父上とは、かつて、この下宿で一緒に過ごした間柄でね。こうやって、酒を酌み交わして時局を論じたものだ。私は銀行勤めをしながらではあるんだが、先代の館主に後継ぎがいなかったので、5年ほど前に仰せつかった次第だ。この下宿の卒業生ということもあるが、実は先代の家も、私の家も、元々はこの辺りに屋敷を構えた阿部の殿様の家来衆で、ご維新後もずっと親交があってね。」 と、一気に話してから、誠一の顔を覗き込み、言葉を続けた。
「叔父上とのご縁がまた繋がって嬉しいよ。しっかり学業に励んでくれ。」 と言い置いて、慌ただしく退室していった。幸乃が、小走りに後を追いかけた。ほどなく、汁椀を飲み干した笠井が、 「幸乃さんは三島さんと一緒に消えてしもうたが。我々もそろそろじゃの。」 と、含み笑いをしながら立ち上がり、襖を開けて奥の「座敷」に入っていった。

