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東京帝大生御下宿「西片向陽館」秘話~女中たちの献身ご奉仕
第2章 女中 良枝
 昼下がり、誠一は、良枝の髪油の香が微(かす)かに残る布団に寝そべって、明け方まで読んでいたドストエフスキーの原書の続きをめくっていた。昼前に良枝を抱いた心地よい疲れもあって、少し微睡(まどろ)んでいると、良枝がお使いから帰ってきた。女中頭の幸乃も付いてきて、<女中の皆に結構なおやつをいただき有難うございます>と、廊下に正座して礼を言い、そのまま戻っていった。

 良枝は、「次の間」の隅に置いてあった小ぶりの座卓を中央に持ち出し、その上に、お茶の用意と菓子鉢が載った鎌倉彫のお盆を置いた。誠一が、丹前の帯を締め直しながら座卓を前に座ると、良枝が、いかにも楽しそうな表情で、手火鉢の鉄瓶からお湯を取ってお茶を淹れ、豆大福を皿に取った。 「私の分まで有難うございます。ご主人様と一緒にいただくのは、分をわきまえないことと存じますが、幸乃さんにお伺いしたら、ご厚意をお受けしなさいと言って下さいました。嬉しゅうございます。」 と言って、誠一を見詰めた。

 誠一が大福を口にするのを見て、良枝も両手で押しいただくように頬張った。 「このような贅沢なお菓子は初めてでございます。美味しいわぁ。」 と、最後は女中言葉を忘れて喜ぶさまを、誠一は優しい眼差しで見ていた。
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