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東京帝大生御下宿「西片向陽館」秘話~女中たちの献身ご奉仕
第2章 女中 良枝
( 回想 1 )
初秋というには少々の蒸し暑さが残ったあの日、笠井は、夕餉の後に、「座敷」の床の間に置いた電気蓄音機の前で、紺色桔梗紋の単衣(ひとえ)の結城紬を着て横寝し、米国から届いたばかりのレコードを聴いていた。気鋭の若手ピアニストとして名声が伝わるホロビッツが初録音した、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の、超絶技巧による力強い調べが終わったのを見計らったように、当番の女中に代わって、女中頭の幸乃が良枝を伴い、お茶を持って入ってきた。
良枝は、幸乃の陰に隠れるように正座し、真っ赤に火照った顔を俯(うつむ)けていた。幸乃は、お茶を出しながら、 「中秋も近く、今宵の月は一段と明かるうございます。」 などと他愛のない挨拶もそこそこに、いきなり真顔で話を切り出した。
「こちらの良枝のことで、お願いがございます。夏前に奉公に来て、先ずはここでの暮らしに慣れさせようと、飯炊き、掃除の下働きをさせてきました。利発でよく機転がききますし、性分も影日向のない 娘(こ)ですので、この先も長く働いてもらいたいと思い、先日、ここの女中たちの寝間でのご奉仕のことや、当番のことを話しました。」 良枝の膝に置いた手が、小刻みに震えていた。幸乃が話を続けた。