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脳内妄想短編集
第2章 水中レッスン
彼の口元が、わずかだけど笑みの形になる。
「ちょっと戻ろう」
そう言って、水中で踵(きびす)を返した時だった。
「あ……っ」
壁際を歩いていたあたしは、ビーチに上がるための階段がそこにあるのに気付かなかった。足を引っ掛け、バランスを崩したあたしの体は、無様に水中に倒れこんでしまう。
「璃子さん……!」
彼が自分を呼ぶ声にかぶさるように、水音が鼓膜を揺すぶった。水の中で泡が弾け、彼が水中に潜って、あたしに向かって手を伸ばすのが見えた。
しかしすぐに、彼の異変に気付いた。なびく髪の狭間から見える彼の瞳が、酷く何かに怯えていたのだ。そのまま体は硬直し、水中で動けなくなっていた。
プールでつまずいたと言っても、所詮は胸辺りまでの深さだ。流れがあるわけでもない。あたしはすぐに水面に顔を出せた。
彼の姿は、見えない。あたしは二、三度大きく呼吸を整え、再び潜った。視界に捉えた彼の体を掴み、急いで水面へと引き上げる。彼は水面に顔を出すと、あたしの体にしがみつき、激しく何度も咳き込んだ。
「平気……っ? 水とか飲んでない?」