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わたしの昼下がり
第39章 連れ込み旅館で(2)
 問われていたらわたしも『潮騒の間』を選んでいただろうと思いました。△井が『潮騒の間』の鍵を開けます。今日も、古い畳と洗剤の混ざったような匂いがしなす。今日も△井とこのような場所に来たことを意識しました。

 「一途なんですよね。ボクも奥さんも」

 △井が笑っています。”一途”が部屋選びのことなのか、それだけではないのかわかりませんが。

 「やっぱり畳のお部屋が落ち着きますね」
 「そうですよね。気に入っていただいているようでよかった。この前はちょっと派手と言うか、けばけばしかったですからね。まあ、けばけばしいのも悪くはないんだが」

 △井が小机の横に座布団を並べて腰を下ろすと、タバコに火を付けました。

 「ボクらもすっかり常連ですからね。帳場のばあさんも愛想がいい」

 どれぐらいの頻度で訪ねたら『常連』なのでしょうか。確かに間隔は短くなってきてはいるかもしれません。△井がわたしに座布団を勧めます。

 「奥さんもくつろいでください。部屋に入ってさえしまえば、団地よりは落ち着くでしょう?」

 確かに窓やカーテンの開け閉めや、誰かが外を行き交う物音を気にする必要はありません。

 「好きなんですよ。奥さんの声が」

 そうです。団地で一番気になるのは、思わず上げてしまう声のこと…。

 「ここは、そういうことをするためだけの場所ですからね。それがいい」

 △井は前にも同じようなことを言っていました。

 「ここに来れば普段と違う奥さんを味わえますからね。いや、普段の奥さんを味わえると言うべきか…」

 ごちらが本当なのかは自分でもよくわかりません。ただ、△井に逢うたびに、自分でも知らなかった自分に出逢っているような気持ちはしています。初めてこの旅館に来たときに、△井はいつになく激しくわたしを責めました。そのことの心地よさが、この部屋の匂いと結びついてわたしの頭の中に刻み込まれているような気がしているのです。

 廊下を歩く気配がしました。『潮騒の間』の奥に部屋は一つしかありません。

 「貸し切りだと思っていたら、お隣さんがお見えになったようですね。あのばあさん、粋なことをしてくれるな」

 十は部屋があるのに隣同士にしなくても、ということでしょうか。
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