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わたしの昼下がり
第39章 連れ込み旅館で(2)
 「粋なこと…?」
 「ええ。お互い、羽目を外しやすいように、ってことですよ。きっとお隣さんはボクたちと似た者同士ですよ。似た者同士、せっかくここに来たんだから、安心して羽目を外しなさいってね」

 この部屋で△井に激しく責められたとき、わたしは声を上げ続けていました。叫んでいたという方が近いかもしれません。そのようなことはわたしにとって初めてのことでしたので、隣の部屋から声が漏れ聞こえたとき、自分の声も漏れ出ていたと思うといたたまれなくなりました。

 でも、何度かここに通ううちに、いつしか違う感覚が芽生えたように思ってもいました。薄い壁を挟んで、本当の自分をさらけ出し合う…それがなにか心地よいのです。わたしがこの部屋に愛着のようなものを感じていているのも、そのような経験がもとになっているからなのでしょうか。

 「とは言え、お隣はお隣。お始めになるのをただ待っていても仕方がありませんね…」

 △井がタバコをもみ消しました。わたしは目を瞑りました。

 「おや、お隣さんはお帰りだ」

 △井の声が聞こえます。体を起こすと、△井はいつものようにタバコをふかしています。そう言えば、隣の部屋はいつの間にか静かになっています。同じ頃合いに隣でも『始まった』のは憶えているのですが…。怪訝そうな面持ちのわたしに△井が笑っています。

 「お隣さん、なかなかのものでしたよね」

 確かにそのようなふうには思いました。

 「まあ、奥さんもそれどころではなかったかもしれませんが…」

 ということは、おそらく…。

 「お隣の旦那にはいたく親しみが湧きましたよ。向こうも『奥さん、奥さん』って言ってね。ほとんど同時だったんじゃないですか?」

 △井が言っている意味がわからないような、わかるような。

 「なんというか、二重奏とでも言えばいいんですかね」
 「二重奏…」
 「そう。向こうもこちらも良妻賢母。良妻賢母の二重奏」

 △井は、ここに来ると『良妻賢母』という言葉を使います。連れ込み旅館といちばん縁遠い言葉と知っていてのことでしょうけど。

 「やっぱりここはいい。奥さんも気兼ねなく鳴いてくださる」

 (鳴く…)

 △井が『奥さん』と呼ぶのはいつものことですが、わたしも何か壁の向こうと呼応して『鳴いて』いたのでしょうか。
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