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愛の笛
第9章 再び海外へ
追いすがるようにベッドから彩佳が抜け出すよりも早く、
草薙はトランクを引きずって部屋から飛び出した。
ドアを閉めると「ばか~!」と罵声がして、閉めたドアにボスンと鈍い音がした。
おそらく枕を投げつけたのだろう。
後ろ髪を引かれる思いってのはこの事なんだなと
この時、初めて草薙は引き返したい思いにとらわれた。
マンションから外に出ると
ちょうど朝日が昇ってきた瞬間に立ち会えた。
まばゆいばかりの陽光は草薙に活力をくれた。
公園の公衆トイレで洗顔と歯磨きを済ませ、
彼は意気揚々と外務省の庁舎を訪れた。
玄関ロビーに入ると「お~い!草薙くん!ここだ!」と懐かしい声と共に、日焼けで真っ黒になっている海外協力隊の件を知らせてくれた越中さんが飛んで来てくれた。
「お久しぶりです」
男二人は固い握手を交わした。
「草薙くんが一緒に来てくれることになって心強いよ」
「ありがとうございます
越中さんが一報を暮れなきゃ、今日もまたしがないバイト生活に明け暮れるところでした」
「うんうん、ボランティアとしての成果がようやく認められたってわけだ」
立ち話もなんだ、先を急ごう
越中に背中を押されて庁舎の受付カウンターに足を運んだ。
越中は仰々しく内ポケットから一通の封書を取り出して受付の女性に手渡した。
封書の中身を確認すると「お話は承っております」と入庁許可証の名札を手渡し「4階にどうぞ」とゲートをオープンしてくれた。
「これからパスポートを作るんだ
それを受けとったら民間人ではなく政府の一員として立派に派遣されることになる」
越中さんも興奮しているのか、早口でこれからの流れを説明してくれた。
「しかし、こんな短時間で出国出来るとは思ってもみませんでしたよ。ほら、海外協力隊の一員になるには訓練期間が設けられていると聞いていますから」
「普通はね…確かに草薙くんの言うように訓練期間があって、そこで篩(ふるい)に掛けられるんだが、なんたって僕らには経験者としてのアドバンテージがあるからね」
エレベーターに乗り込み、行き先表示のデジタルが数字を刻むごとに越中さんはソワソワと落ち着きがなくなった。
『へえ~…越中さんも緊張することがあるんだなあ…』
驚くと共に彼の人間臭さに、ますます好意を抱いた。

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