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愛染明王の御前で
第6章 第六話
「お漏らしだなんていけない子ね。でもいいのよ。大丈夫。うふふ」
一瞥だけを寄越して、藤乃は雑巾で廊下を拭いている。
「私が綺麗にしますので!」
梢は藤乃から雑巾をひったくるように奪って、再びトイレに駆け込んだ。
洗面台で雑巾を洗い、再び廊下に戻ると必死になったその跡を拭いた。


廊下には濡れた跡、いや濡れて色が変わっている部分がある。
紛うことなく梢の尿だった。
一定の間隔で濡れている。
必要以上に丁寧に床を拭く梢は自然と四つん這いになっていた。


藤乃は黙ってそれを背後から見ているようだった。
梢は申し訳なさと恥ずかしさから後ろを振り向けなかった。
「奥様、本当に申し訳ありません」
言葉だけを藤乃に投げ掛けた。


「廊下だけでいいのかしら?」
意外な藤乃の言葉に梢は振り返る。
「えっ?」
藤乃が微笑みながら仁王立ちしていた。
「本堂には漏らしてないかしら?」


それはない、と梢は思っていた。
内腿を伝っていた生暖かい流れは、廊下に出てから感じたからだ。
しかし、それをここで言うわけにもいかない。
「本堂は畳敷きよ。板張りの廊下ならすぐに拭けば大丈夫だけれど…」
梢は藤乃の言葉に冷や汗が出そうになった。
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