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巫女は鬼の甘檻に囚われる
第23章 旅の夜

「だからお前は大蛇(オロチ)を殺さなかった、とでも言うのか?」
鬼はつまらなそうに、しとみ戸から外の景色を見ながら問う。簾の隙間から見える春の夜空は、星が瞬き、静かな里山の輪郭を浮かび上がらせていた。
「──…大蛇は、不老不死のモノノ怪です。どのみち殺しはできません」
「それがどうした。俺がその気になれば、生かしたまま地獄を見せてやれた……。鎖で縛り、地中深くに幽閉し、永遠に痛めつけてやったというのに」
鬼が不吉なことを言う。
冗談ではなく彼は本気だ。
鬼の本性はあくまで冷酷なのである。
巫女は表情を暗くし、少し考え込んだ後、ひとりごとのようにポツポツと話し出した。
「大蛇(オロチ)は……彼は不思議なモノノ怪です。ふつうモノノ怪は同族以外で群れませんし、干渉もしないもの。ですが彼は違います。彼ほど積極的に他者を観察し、関わろうとするモノノ怪を、わたしは知りません」
「……、だから?」
「少しだけ、……共感……ではないですね。おそらく同情したのかもしれません。何かを渇望しているのでしょうに……きっと、彼が欲する物は手に入らない」
「──…」
瞬間、部屋の空気がピリついた。
火鉢のそばに置かれた茶器がガシャンと割れ、中の茶が畳に飛び散る。
「…っ」
「奴に興味を持ったのか」
鬼が鏡を持つ巫女に詰め寄り、壁に手をついて逃げ場を奪った。
「どうなのだ…!」
男の身体が畳に影を落とし、部屋の空気が一気に緊張する。
「興味っ…というわけでは…!」
巫女は驚いて身を引くが、背後は壁で逃げられない。ジリジリと追い詰められた。
「あ、の…?」
鬼が顔を寄せ、真剣な表情で巫女を見つめる。
彼女は慌てて目をそらした。
「それに大蛇とはっ…今後は人に手を出さないよう取り引きをしました。彼はもう無害です」
鬼の息が耳にかかる。
巫女の頬が熱くなった。

