この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
巫女は鬼の甘檻に囚われる
第10章 赤い痕

「人喰いなんてしてみろ、それこそ呪われかねないぞ!あの方はそんな愚かな真似をする御方ではない。そんなコトするのは知性を欠いた下等なモノノ怪だけだ」
彼の言うことは、帝(ミカド)の使者が言った話と違っている。
ただ影尾の強い否定に、巫女は内心でほっと息をついていた。
(やはりそうだったのですね)
鬼からは、人が喰らうモノノ怪特有の邪(ヨコシマ)な気配がないのだ。人喰い鬼の噂は嘘だったのではとうすうす感じていた。
(それなのにわたしは鬼を祓おうとした……。返り討ちにあって殺されたとしても文句は言えない)
悪さをしていない鬼を退治しようとしたのだ。彼女はそんな自分を恥じ、反省していた。
「なら、何をするために彼は鬼界を離れて、境界に留まっているのでしょう?」
巫女がさらに問いかける。影尾は桜餅を手に持ったまま、考え込むように答えた。
「噂によれば……鬼王さまは800年もの間、探し物をしてるらしい。それが人の世にあるんだろうな。だが、それが何なのかは誰も知らない」
「800年……!?」
途方もない時間に驚き、思わず繰り返した。
「800年……それほど長い間、何かを追い求めて……?」
彼女の心に、鬼の孤独がほのかに響く。
名を持たず、ただ " 王 " と呼ばれる存在。彼が求めるものは、本当に " 物 " なのか。それとも、もっと深い何か──。
縁側に座る二人の間を、偽物の風がそっと通り抜けた。玉藻は巫女の膝で眠り続け、桜餅の甘い香りが漂う。
その穏やかな瞬間は突然、冷たく重い気配によって破られた。
「余計な話をしているようだ」
「……ッッ」
背後から響いたのは、鬼の声だった。
低く、抑揚のないその声は、まるで闇そのものが言葉を紡いだかのようだ。

