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大きなクリの木の下で
第1章 初めて見せた弱さ

それから一週間が過ぎた。
人生においてこれほど時間の流れが早い数日を初めて味わった。
悲しみに浸る暇もないほどに葬儀やら、相続の手続きやら、生命保険の関係で役所からもらい受ける書類の申請やらで泣く暇さえ与えられない。
きっと、どんよりと落ち込む事を忘れさせるために、多忙を与えられているのかもと思わずにはいられなかった。
久方ぶりに出版社に出勤すると、校正部の面々がお悔やみの言葉を投げ掛けてくれる。
気丈に対応するのだけれど、かえってそれが辛かった。
ただ一人、あまり仕事の出来ないぐうたら社員の竹本だけは、何も言わずにコーヒー缶をコンっとデスクに置いてくれた。
たぶん、それが彼にとっての精一杯のお悔やみの態度なのだろうけど、それが静香にはありがたかった。
静香は、そのコーヒー缶を手にすると、
休憩室に向かう竹本の後を追った。
「コーヒーありがとうね…」
礼をのべると、彼は何も言わずにペコリと頭を下げた。
二人して無言でコーヒーを飲んだ。
不器用な竹本にしてみれば、静香にかける言葉が見つからなかっただけなのだが、その静寂が静香には嬉しかった。
仕事を終えて帰宅すると急ごしらえの祭壇で父の笑顔の写真が待っていてくれるのだが、彼と過ごした家にいると思い出が走馬灯のように甦り、あまりにも辛くて静香は酔いつぶれたい気分になり、繁華街へと出掛けた。
楽しそうに騒ぐ若者たちから背を向けて、静香は運動後のスポーツドリンクを喉に流し込むようにあおるように飲み続けた。
やがて目が回り、睡魔が襲い始めたのを期に帰宅しようと思った。
今なら酒の力を借りて何もかも忘れて爆睡出来ると思った。
フラフラと繁華街を通り抜けて歩くのだが、
したたかに酔っているものだから方向感覚がぐしゃぐしゃで
大通りに向かってタクシーを拾うはずが、いつの間にやら寂しい裏路地をさ迷っていた。
そんな時、三人組の見るからにやんちゃそうな若者が
「彼女、暇だったら遊びに行かない?」と声をかけてきた。
無視して足早に通りすぎようとしても、前に回り込まれてとおせんぼされた。

