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リクエストのラストワルツ
第7章 リクエストのラストワルツ

「行きましょ、慎也くん」
場違いな雰囲気に戸惑っている慎也の手を引いて冴子はホールの中へ出ていく。
順番に流れる音楽は、そのとき慎也の好きなルンバだった。
「慎也くん、ルンバ好きなんでしょ」
「はい、一番好きです」
大きく手を開くと別のカップルに当たりそうで、少しだけ遠慮がちな踊りになったが、慎也は冴子と組んでいるだけで充分に満たされていた。
曲はサンバからジルバへと変わり、早い動きが続く中、ひらひらと舞う冴子のスカートがあまりにも眩しかった。
曲がゆったりとしたテンポのブルースに変わってホールドの距離が小さくなる。
「うれしいわ、慎也くんとこうして踊れるなんて」
「ぼくもです。どきどきしてます」
ふたりは眼で笑い合い、4曲を踊ったところで壁際のテーブルにつくと、冷たいジンジャエールを一緒に手に取って休んだ。
壁を背にして冴子が、ホールに背を向けて慎也が立っていたそのとき、冴子の眼が何かをとらえて、一瞬大きく見開かれたにに気づいた慎也が訊いた。
「どうかしたんですか?」
「え? ああ、ちょっと知った人かなと思って…」
思わず振り向いた慎也には、ホールの何組かのカップルや壁際の人達が眼に入っただけで、冴子が誰を見つけたのかはわからなかった。
「あと30分だけだから踊りましょ」
「はい」
何事もなかったかのような冴子に促されて慎也は再び彼女の手を取ってホールへ立った。
曲はワルツに変わっていた。

