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第1章 誘い

隣に立つ智恵さんは車内の混雑具合に、顔を強張らせているように見えた。

電車は線路のポイントを通過して大きく揺れた。互いに乗り慣れていない路線だったため、2人は体がふらつき、私は慌てて近くにあったつり革を掴んだ。

「危なかった…」と近くから声がした。
視線を声の方に向けると、彼女の黒髪がすぐ近くに見えた。互いに向かい合う、その距離感に体が固まった。智恵さんの顔が私の肩に乗りそうなほど近かった。私の腰に手を伸ばして、転ばずに済んだようだった。

彼女は私を見た。目を細め、頬を緩ませて微笑む表情に、私の背中に緊張が走った。彼女は私から離れようとしない。いつもと違う女性らしい行動に、私の胸が苦しくなった。

それは満員電車で起きる暗黙の了解だと思いたかった。先程の揺れで彼女が立っていたスペースは他人に取られてしまい、男性の大きな体で空間を詰められてしまった。そのせいで、智恵さんは元の場所に戻れず、私の正面に体を寄せるしかないのだと。