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恋かるた
第8章 身も焦がれつつ -卯月-

4月になり、正社員となりフルタイム勤務となった志織の日々は大きく変わった。
「学校は大丈夫そう?」
「みわちゃんもきいちゃんも一緒だから全然平気」
高校へ入学した瑞穂も新しい生活に馴染むまで戸惑いの毎日だったが、親しい同級生の多くも同じ高校だから不安なく過ごせそうだと応えた娘のことばが志織にはうれしかった。
「別に新しい職場になるわけじゃないから焦らなくていいのよ」
志織の家庭事情を知っている上司の井川は、そう言いながら負荷の軽減を何かと図ってくれたが、朝は瑞穂と食事を済ませると先に家を出なければいけなくなったし、退勤後の買い物も忙しかった志織は、営業所での新しい内勤業務に慣れるまで少し苦労しそうだった。
そんな志織の心の大きな支えは、沢田と過ごす時間だった。
これまでどおり毎月1回家事代行訪問をし、その間には1度一緒に過ごす時間を持てることがひとりの女として忘れていた潤いを取り戻す時だった。
「少し遅かったね」
桜吹雪の舞う庭園を歩きながら沢田が志織に語りかけた。
「ええ、でもこれも素敵」
肩や頭に花びらを乗せながらふたりはゆったりとした会話を交わしながら歩く。
4月初めの土曜の高輪のホテルの中庭は散りゆく桜を惜しむ客で賑わっていた。
「そういえば上から見ることはあまりないよね」
さっき歩いていた庭園の散策路を部屋のバルコニーから見下ろしながら志織の腰に手を回して沢田が言った。
都心の有名なホテルの庭を手をつないで歩けなかったふたりは、エレベータの中でその日初めて手をつなぎ合った。恋人つなぎで。
バルコニーから部屋へ戻りレースのカーテンを引いた沢田に志織はそっと抱かれ、唇を重ねられた。
それぞれの腕でうしろから抱えられたふたりの首が交互に曲げられ、開いた唇が重ね合わせられる。
舌がとろけるように絡み合い、お互いを吸い合うふたりの頬がすぼまる。
夢中になる中で歯が当たる小さな音がして沢田が少しだけ口を引き、今度は志織の唇を甘噛みすると彼女の喉の奥からこらえられない吐息が切なく洩れた。
小さな胸が押しつぶされそうなくらい背中を抱き締めていた沢田の手の片方が腰へ下りると、両方の手で息ができなくなるほどさらに強く抱き寄せられた志織は、下腹部に当たる彼の固いものを感じた。

