この作品は18歳未満閲覧禁止です

- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
いまやめないで このままでいて
第1章 第1話 10,000メートルの空でとろけて

「やっと一緒に行けるわね」
「長かったね」
時計をシンガポール時間に合わせながら孝弘が穏やかに応えた。
時差ぼけを抑えるための習慣だと言うのを聞いて、葉月もそれに倣って腕の小さな時計の針を動かした。
結婚式を挙げてから3か月が経っていたし、付き合いをしていた間にも海外まで一緒に出かけたことはまだなかった。
海外を含めた出張の多い商社勤めの孝弘と、シフト勤務であまり長い連休を取ることができない葉月の予定がなかなか合わなかったからで、それまでにふたりが宿泊旅行できたのは数回の国内の近場ばかりである。
それでもふたりにとっては一緒にいることができる時間があればそれで良く、ことさら遠出は望んでいなかったが、葉月は孝弘の腕の中で日常ではない旅先での朝を迎える幸せな時間に胸をときめかせていた。
開かれた搭乗ゲートを抜けてから搭乗口に着くまでの、そう長くはないボーディングブリッジを渡るあいだ、ふたりは初めて手を恋人つなぎにして歩いた。
シートはエコノミーであったが、孝弘は最後尾の窓側に並ぶ2席を選んでいた。
後ろを気にせずシートを倒すことができるので、彼はいつも最後尾を指定していて、行先によっては窓から見える景色の違いを調べて右側か左側かも決めていた。
一番後ろを選んだ理由を聞かされて葉月は、そうした気遣いが普段のやさしさの現れなのかなと思うと、この人を選んでよかったと改めて思うのだった。

