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いまやめないで このままでいて
第1章  第1話  10,000メートルの空でとろけて

 アテンダントに導かれることなく葉月に前を歩かせて、まっすぐに指定席へ孝弘は向かう。

 手際よくボストンバッグをバゲージラックに収納してから落ち着いたような小さな息を吐いて、彼は窓側に座らせた葉月に微笑んだ。

 そのまなざしは〝やっとこれからだね〟と言っているようで、葉月も微笑みながら小さくうなずき返した。

 狭い空間に寄せ合うように収まったふたりに言葉は要らなかった。


 ターミナルビルの大きな窓から見ていた無数の誘導灯が、小さな窓からは少しだけ近くに見える。 

 乗客の乗り込みのせわしない時間が落ち着くと、葉月は周りをなんとなく見渡した。

 後部が狭くなった今日の機体の窓側の最後尾は2席並びで、中央の3列シートには反対側の通路側に1人がいるだけだった。

 比較的よく空いているように思えたのがうれしくなった彼女は両手でしっかりと孝弘の右手をつかんでから、窓側の自分のほうを向いていた彼にそっとキスをした。


 シンガポールへは翌朝に着く深夜便である。

 室内灯が消され、ゆっくりと滑走路へ機体が移動しはじめると、滑走路に広がる誘導灯の澄んだ色が闇の中で一層映えて。葉月の気持ちを昂らせた。

 やがて大きくなったエンジン音をとどろかせて機体が夜の滑走路の疾走を始め、夥しい数の光の点が勢いよく後ろへ飛び去って行く。

 急激に加速して離陸する時の、体が後方へ押しつけられてからふわっと浮くような感覚が、あのときに似ている、と一瞬葉月は思って僅かだが体が熱くなった。

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