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いまやめないで このままでいて
第5章  第5話  過ぎた日の思い出を彼にあずけて

「実は、お店をもう閉めようと思っているんです」

 2日続けてというのもどうかと躊躇いながら日曜日の昼過ぎに店を訪ねた坂田を「あら」と言って迎えた佳緒里は、庭に1組だけある2人用のガーデンテーブルにコーヒーを運んでくると彼にそう告げた。

「え? いつですか?」

「クリスマスが終わったらと…」

「どこかへ移られるんですか?」

「いいえ」

 佳緒里は少し眼を伏せて小さく顔を横に振った。


 日曜日の昼下がりの小さな店にほかの客が来そうな気配はなかった。

「お話していても大丈夫ですか?」

 そう訊ねた佳緒里が小さなトレーを抱いたまま坂田の前の椅子に腰を下ろすと、淹れられたばかりのコーヒーの香りがかすかな秋風に舞った。



 数年前に両親を相次いで亡くし、子供がいないので夫も失った今は仲の良かった弟だけが唯一の血縁となったが、シドニーで家庭を持った彼も夫の葬儀に顔は出せなかったから、少し落ち着くにつれて寂しさが募るようになってきたと語る佳緒里を見ながら、坂田はどういうことばを返すべきか戸惑っていた。

「すみません… こんなことをお話するつもりはなかったんですが…」

 胸に溜まっていたものを吐き出して気が晴れたかのような表情で佳緒里は笑みを見せ、そこで初めていまさらのようにお互いを名乗った。


「どうしてお店閉められるのですか?」

「ひとりだと大変で…」

「え? おひとりで開けていらしたんですか?」

 花屋を開くことに反対だった夫は、仕入れだけは手伝ってくれていたが、普段の切り盛りは彼女がひとりで行なっていたと聞いて坂田は驚いた。
 
 住宅街の中の小さな店だからそれほど客も多くはなさそうだったが、その可愛らしい店はファンも少なくはないだろうと彼は思ったのである。

「人を雇えるようなお店ではないし、働き先を探そうかどうしようか、いろんなことで迷っていて…」

 長野にまだ健在でいる夫の両親のことも気にしなくてはいけないし、と言う顔がまた少し曇ったとき、客が来たことに気づいた彼女は小さく頭を下げてから坂田のそばを離れた。

 穏やかな日差しの中、すっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけた彼は、客に応対している彼女の細い背中を見ながら久しく意識したことのない予感を覚えていた。

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