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いまやめないで このままでいて
第5章 第5話 過ぎた日の思い出を彼にあずけて

1週間後の日曜日、再び坂田は『花かすみ』の小さな庭を前にコーヒーを飲んでいた。
「せっかくいいお天気なのに、お出かけにならないんですか?」
客が店を出てまもなくすると彼の前に座って佳緒里が訊いた。
「ここへお出かけしています」
まじめな顔でそう応えた坂田を見て彼女は大きな眼で笑う。
通勤路にあるとはいえ、住宅街であるため通りすがりの客は少なく、多くは予約で買いに来る常連客に支えられているのだというその店は、坂田が想像していたとおりだった。
「やはり一度店を閉めて、長野へ移ろうと思うんです」
坂田の、顔ではなく胸のあたりへ視線を外しながら佳緒里は静かに言った。
「ご主人のご実家ですか…」
「とてもよくして下さるご両親なので…」
息子に若くで先立たれてふさぎ込んでいるのを放っておくことができないのだとその理由を彼女は付け加えた。
「じゃあ、このお店もあと少しだけなんですね…」
「ええ… 寂しいですけど借りているだけなので…」
自家ではないので手続きの面倒はないと、少しだけ佳緒里は笑みを浮かべた。
「お店のお休みは何曜日なんですか?」
「火曜日と水曜日が定休日で、あとはお天気次第で休むことも…」
お天気次第と言ったところで恥ずかしそうに笑う彼女が、坂田には少女のように映った。
「もしよかったら、コスモス畑にでかけませんか?」
一瞬ことばに迷った坂田は、すぐに思い切って彼女を誘った。
花畑なら断られることはないかもしれないと考えたのだ。
「え? どこへですか?」
「コスモスがいっぱいのところを探します」
彼の応え方にまた彼女は小さく笑った。
「いつですか? お仕事は?」
「今なら忙しくないので休めます」
大丈夫なんですか?と訊かれ、はっきりと「大丈夫です!」、と応えた坂田は、前の週と同じように冷めたコーヒーを一気に飲み干した。

