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いまやめないで このままでいて
第5章  第5話  過ぎた日の思い出を彼にあずけて

「明日はここでお別れさせてください」

 駅で別れるのは堪えられないのでと言って、佳緒里は抱かれている坂田の腕の中で胸に顔を埋めると、親しくしているトリマーの家に預けている犬を迎えに行ってからひとりで電車に乗ると言って聞かなかった。

 佳緒里はクリスマスの日に最後の営業を終えると店を閉め、翌日全ての商品の整理を済ませた。
 年末には長野の婚家の実家へ向かうことを決めると、奥の自宅を引き払うのは落ち着いてから改めて考えることにしたのだった。

 住み慣れた街を離れる佳緒里はその最後の夜、街のわずかなイルミネーションをホテルの窓から眺めながら坂田の腕の中にいた。



「お会いできてうれしかった…」

 何年ぶりかで男に抱かれ、忘れかけていた悦びに躰を震わせた佳緒里は、顔を埋めたままつぶやくように言った。

「ぼくこそ、あなたに出会えて幸せでした」

 そう言って坂田は佳緒里の顎を引き寄せると唇を重ねた。

 絡み合う舌の感触と胸に感じる坂田の体の重さとで再び佳緒里は昂りを覚えると彼の首に両手でしがみついた。

 決して睦まじいわけではなかった夫だったが、それを失った悲しさや寂しさとともにいくつもの煩わしさを束の間でもいいから忘れていたかった。

「こわしてください…」

 頭を抱えられたまま絞り出すような声で佳緒里がつぶやいた。

 黙ったまま坂田が小さく何度もうなずき、力を込めて彼女を抱きしめた。

 重なり合っていた唇が離れ、耳朶を噛む。

「かおりさん…」

「はい…」

 耳元でささやかれた名前に佳緒里がかすれるような返事を返した。

 小さな胸が彼の掌でつつまれ、指にはさまれた蕾がゆっくりと愛撫されると佳緒里の抑えきれない吐息がくりかえし洩れる。

 首筋から徐々に下りる唇を導くように、彼の指は佳緒里の白い肌の上を這いながら下へと向かって行く。

 背中から腰へと指先が静かに滑ると彼女は鳥肌が立つのを感じた。

 ゆっくりと花園への道を辿る指先に掻き分けられたささやかな叢の中の花弁は潤いを保ったまま彼を待っていた。

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