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いまやめないで このままでいて
第8章 第8話 知らなかったこの震える悦びを
〝クレマチスさん、
先ほどは突然驚かせて申し訳ありませんでした。
決して悪意があったわけではありませんから、どうぞ安心していらしてください。
私も驚いたのは事実ですが、これも何かのご縁ではないかと思っています。
何かわけがおありなのかもしれませんが、当然一切他言はありませんのでどうぞ私でよろしければお話をさせていただけると嬉しく思っております。
明日も笑顔でお会いできますように
栗原浩二 〟
日付が変わろうとしている時刻に夫が玄関の鍵を開けた音が聞こえるまで、奈津子はそのメールを何度も読み返していた。
栗原が単身赴任してきてから2年近く、よく知っていて好意さえ持てているその誠実な性格から考えて、嘘は感じなかった。
(どうせなら一度話をしてみよう…)
冴えてしまった頭でそんな思いに辿り着いた奈津子は、隣のベッドで寝息を立てている夫の顔を見ることもなく短い返信を打った。
〝栗原さま、
メールをありがとうございました。
お気遣いをいただき申し訳ございません。
一度お時間をいただけましたら幸いです。
取り急ぎ失礼いたします。
宇田川奈津子 〟
45歳になる奈津子が4つ上の夫にほかの女がいることを知ったのは年が明けた頃、一瞬だけ開きっぱなしで席を立った彼のスマホのLINEを見てしまった時だった。
画面に残っている新しい数件の会話は、そのふたりの関係の深さを表わしていた。
彼がすぐに戻ってきた時にはスリープ画面になっていて、奈津子は何もなかった顔でやり過ごしたのだったが、その予感は以前からあったからことさら取り乱すこともなかったのである。
結婚して20年、もう既に男女の関係ではなくなっていた。
そんなある日、ふとした好奇心で既婚者向けのマッチングサイトを知った奈津子は、パートが休みの日、女性無料のことばに誘われるように夫が出張中の1日をかけて登録してしまったのだった。
初めてのことで慣れない奈津子は、その夜のうちに何件ものメッセージを受け取って驚いたが、その中の丁寧で大人な文面に惹かれて返事をした相手が“Rick”と名乗る彼がまさかの予期すらしなかった栗原だったのだ。
闇の中でメール送信を終えると奈津子は、覚悟を決めたように静かに息を吐いて眼を閉じた。

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