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妻女王様さくら
第1章 キャバクラごっこ
「ねえ達郎さん」
さくらは黒のタイトドレスに身を包み、長い脚を組み替えた。
ヒールの先がカツンとテーブルを小さく鳴らす。その仕草だけで、達郎の喉が鳴った。
「せっかくここまで作ったんだし……私、他のお客さんも呼びたいな」
声は柔らかいのに、逆らえない温度を帯びている。

「……誰を?」
「板井浩一。あなたの部下でしょ。前の部署で私がお世話になった先輩」

達郎は眉をひそめた。浩一は29歳、仕事もでき、周囲からの人望も厚い。
そして、さくらを初めて見たときから向けていた、あの熱い視線――達郎は忘れていない。

「やめたほうが……」
「じゃあ、やめるの?」
さくらは組んだ脚をわざとゆっくりとほどき、ヒールのかかとをカーペットにトン、と落とした。
それは小さな音なのに、達郎にはまるで宣告のように響いた。

「……」
「あなたからお願いしなさい。『さくら様、浩一さんをお呼びください』って」

胸が詰まる。自分の口から、部下の名前を、しかもこんな形で言わされるのか――。
しかし、その迷いを見透かしたように、さくらは涼しい顔でシャンパングラスを傾けた。

「言わないなら……この遊び、やめてもいいのよ」

その言葉が、達郎の心を一瞬で掴む。やめたくない。
やめられるはずがない。この美しい光景と、さくらに支配される甘い痛みを。

「……さくら様、浩一さんを……お呼びください」

「よろしい」
さくらはゆっくりと立ち上がり、ヒールの音を響かせながらスマホを手に取った。
その姿は、達郎の目には神殿の女神のように輝いて見えた。
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