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僕の愛する未亡人
第17章 欲しがる未亡人 本間佳織⑥
静まり返った空間に、二人の呼吸だけが重なった。

――出退システムで佳織は退勤ボタンを押すと「トイレに行ってくる」と理央に告げた。
理央は自席に座りながら「はーい」と手を上げて、ひらひらさせている。

冴子の気配がまだ少し体にまとわりついている気がして、佳織は逃げるようにトイレへ向かった。
つまり、ほんの少しだけ気持ちを整えたかったから。

冴子が言ったにせよ、理央が迎えに来てくれたという事実だけで、胸の奥がくすぐったくて仕方がない。

用を足して外に出ると、女子トイレの前には、理央が立っていた。
廊下に電気がついているとはいえ、この時間は薄暗い。

「わ、どしたの……もうちょっと待っててね」

わずかに声が裏返る。
理央の目つきは――いつもの優しい目付きではなかった。

「本間さん」

喉から絞り出すような理央の声が聞こえた。
肩を掴まれて、そのまま女子トイレに連れて行かれる。

「ちょ……佐藤くん……?」

理央は返事をしない。
代わりに、佳織の体は個室の中に押し込まれた。鍵を締めると、理央は深く息を吸い込むようにして、顔を伏せた。

「……迎えに来たけど……」

その声は低くて、どこか震えていて、普段の理央とはまるで違う声色をしていた。
佳織の胸がきゅっと強く縮む。

「ま……待っててって言ったよね?」

自分でも驚くほど、頼りない声になっていた。
理央はゆっくり顔を上げた。
暗い個室の中でも、目だけがはっきりしている。

「ごめん、待てない」

理央は一歩近づく。
それだけで、個室の空気が変わった気がした。逃げようとすれば触れてしまう距離に、もう立たされている。
佳織は反射的に壁へと背を預けた。

「……ん、んん」

理央の唇によって、佳織の唇が奪われる。
いつもの理央の軽さも、遠慮もそこにはなかった。
ただ、抑えきれない思いだけが、真っすぐに迫ってくる。

唇を何とか離し、佳織は抵抗の声を上げる。

「だ、だめ、ちょ……っと」

だが、小さくて柔らかい体はいとも簡単に抱きすくめられてしまう。

「ね……? おうち、行っても、いいから」

佳織は理央の背中を叩き、小さな声で焦りながら言う。

「やだ。今がいい」

「い、今がいいって、嘘……んん、や、やだ」
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