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魅惑~甘く溺れる心と身体。
第16章 さようならを貴方に~誰かあたしを拾って愛して。

 ◆



「っひ……ふぇ……」
 どんなに泣いても涙は枯れない。

 あれからどれくらい過ぎただろう。
 15分かもしれないし、30分かもしれない。
 涙で視界が歪みきって時計の針さえも見ることができない。

 唯斗さんは姫実花さんを追いかけたきり帰ってきていない。
 きっと今夜はもう戻らないだろう。
 今頃は、よりを戻したふたりはラブホで愛し合っているかもしれない。
 あたしを抱いたように、姫実花さんを――……。


「っふぇええ……」
 ダメだ。
 想像しただけで胸が苦しくなる。
 呼吸が、息ができなくなる。


 苦しい。
 悲しいよ……。

 だけど行かなきゃ。
 ここにあたしの居場所はない。
 出て行かなきゃ。

 あたしは泣きながら、ただただキャリーケースに荷物を詰めていく。
 時計の針がカチコチと家中に虚しく響く。

 キッチンには、あたしのブラとスカートが虚しく落ちているばかりだ。

 ほんの数時間前にはあった愛されている悦びに満ちたあたしは、もういない。
 好きな人に包まれた肌の温もりも、耳元で感じた吐息も、もうすっかり消えてしまった。


「っひ……っく……」

 今のあたしは、手に入らない玩具を強請って駄々をこねている幼子のよう。
 いつまでもこんなだから、唯斗さんに恋愛対象として見られないんだ。

 お母さんにしても愛想を尽かされて当然だ。
 ほんと、どこまでも子供の自分が嫌になる。


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