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二重生活
第4章 初めて
「まさか、スペイン料理だとは思わなかった。鞠香さんらしい上品なフレンチか、女子が好きなイタリアン、エスニックかなって思ってた」

賑やかな店内で、思いがけず近づく距離にドキドキしながら、そう言った彗君の言葉に笑ってしまう。

「ほんとね、そうしようかなとも思ったの。おいしいお店はたくさんあるしね。でも、これを食べてほしくて……」

鞠香は、店員を呼ぶと、ピルピルとガスパチョ、ハモンセラーノ、パエリアを注文した。

「ピルピル? ミルミルみたいだね」

「うふふ。これがね、可愛い名前して絶品なの」

「全然想像つかないな。楽しみにしてる」

そして、二人はカヴァで乾杯した。
喉で弾ける泡が心地よかった。
彗君が、どんなお酒でも飲めると言ったのも嬉しかった。
鞠香も同じだったから。
食事や相手に合わせて、最高の組合わせで飲める幸せ。

分厚く切られた生ハムを食べていると、ピルピルが出てきた。

ピルピルは、スペインバスク地方の料理だ。
スペインとフランスの間に位置するバスクは、数多くの星付きレストランがあるスペインでも、最も多くの星が輝く美食の町だという。
ピルピルは、鱈とオリーブオイルとにんにくと鷹の爪を陶器の器にいれ、時間をかけてこまめにゆすりながら弱火で油煮された料理だ。
タラのゼラチン質が溶け出し、オイルと合わさり乳化して、塩味とニンニクのきいた美味しいソースになる。
アヒージョにも少し似ているけど、初めてピルピルを食べたときの感動は大きかった。
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