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二重生活
第4章 初めて
二人で会ったことを後悔していた。
スペイン料理を選んだことも。
あのカフェで働き始めたことも。
そして、出逢ってしまったことも。


その前は……?
ううん、違う。結婚したことに、後悔はない。


何事もなかったかのように、意識的に年上ぶってサバサバと接し、とりとめない話をした。

あのキスを、過去へ押しやるように。

ここ最近で一番というくらい、言葉を発したかもしれない。



化粧室へ行くと、じんと脳が痺れるような感覚がして、足元がふらついた。
明かりがやけに眩しく感じて、けっこう酔っているのだと思った。


(帰ろう……)

そう決めて席へ戻ると、ちょうど彗君が支払いを済ませたあとだった。

「え? 私が出すよ?」

急いでお財布を出すと、

「いや、俺が誘ったし、もともとご馳走させてもらうつもりだったから。おいしいお店に連れてきてもらって嬉しかったし、すごく楽しかった」

彗君の言葉が、胸をヒリヒリさせる。

「でも……悪いわ」

「じゃあ、今から俺のおすすめのお店にいこう。そこでゴチってもらうっていうのはどうかな」

彗君は言って、鞠香の手から財布を取ってバッグにしまった。


彗君は、ずるい。
それじゃあ、断れないじゃない……。
時計を見ると23時をまわっていた。
結婚してから、こんなに遅くまで男の子と遊んだのは初めてのことだった。

「ダメ……? 行きたくない?」

胸がつかえて、涙が出そうになった。

「……行きたい」


そう言った瞬間、澱のように溜まっていた偽りの気持ちが、澄んでいくのがわかった。


ずるいのは私だ……。

まだ彗君と一緒にいたいのは私のほうだ。

帰ろうと決めたとき、寂しくてたまらなかったのは、私のほうだ。


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