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二重生活
第7章 rose
サングリアを注ぎながら、あの日のキスを思い出す。

急に静かになった部屋は、鼓動の音すら響いてしまいそうで、鞠香は音楽をかけようと席を立った。

クラシックは静かすぎるしジャズはムードが出すぎてしまう。でも、陽気なリズムは上滑りしそうで……。
結局、アッパー系の曲も、しっとり甘いメロウな曲も入った、R&Bのコンピレーションアルバムをかけた。

お酒がまわった体に、心地よく音楽が染み渡る。
会話も膨らんで、やっぱり彗君といると楽しいと思った。

「鞠香さん、さっき直人が言ってたこと……」

「ん?」

「俺もそう思う。鞠香さんはなんでも持ってるなぁって」

「……恵まれてるとは思う。感謝もしてるよ」

「そっか、そーだよね」

「……でも。……ううん」

「でも、何?」

「…………」

その先の言葉なんて、言えるはずなかった。

下を向いていると、彗君が隣の席に座った。

「鞠香さんは、幸せ?」

「どうして……そんなこと……聞くの?」

「鞠香さんに、隙間があるとしたら……。俺がそこを埋めちゃだめかな? 寂しいときだけでもいい。眠れない一人の夜だけでもいい。店でだけじゃなくて、こうして二人っきりで会いたい……
俺が、会いたいんだ……」

顔をあげると、まっすぐな瞳がこちらを見ていた。
引き込まれてしまいそうな、綺麗な瞳……。

「彗君……」

鞠香の潤んだ瞳を見下ろす真剣な顔が、ゆっくり近づいてくる。

ダメ……。きっと、引き返せなくなる……。
そう思っているのに、その瞳から目が離せなかった。

目を閉じると、シャンデリアの灯りが瞼の裏でチカチカと光っていた。

唇に降りてきた温もりに、目眩がするほどの幸福感を感じて、どれだけこうしたかったかと思ったら、涙が出た。
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