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想いあふれて
第7章 終章ー風と光、開く花
「この袖口のシミ。赤ちゃんのミルク」
シミから漂う甘くほのかに酸っぱいミルクの香りに、啓も気づいたようだった。
「啓を必要としている人は他にいて、きっと今も啓を待ってる」
りつかが噛み締めるように言った。
急に啓は冷めた仕草で腕を下ろし、ふっと笑った。
「俺は現実と向き合って必死なのに、お前はいい年して、今更男遊びか」
信忠と紫苑のことを言っているに違いなかった。
思わず握りしめた拳が、わなわなと震え出す。
「・・・あの人たちは、私を大事に思ってくれてるの」
これまで啓と過ごした十年もの年月に積み重ねたものたちが、音を立てて崩れ落ちた気がした。
りつかは店のドアを開け、啓を外へと促した。
「それに、私もあの人たちがとても大事なの。何も知らないで、遊びなんて勝手に決めつけないで。もう絶対に来ないで」
啓は、ふっと冷笑の吐息をひとつこぼし、りつかを見ずに店から歩み出た。夜空の下、新車のファミリーカーの車体が、店の灯りを受けて光っていた。
啓は荒っぽく運転席のドアを閉め、エンジンをかけた。
駐車スペースから出て行く啓の車のテールランプを見送りながら、啓にはもう新しい「現在」があるのだと、りつかは思った。
そして、自分にも───。
チャリン、チャリンと小さな金属がぶつかり合う音がして、りつかは向き直り、思わず声を上げた。
「ここにいたの?」
そこには信忠と紫苑の車がまだ並んで停まっていて、二人ともそれぞれの運転席のフロントドアに寄りかかっていた。
信忠は煙草の火を携帯灰皿に押し付けて消したところで、紫苑は手遊びをするように、車のキーを手元で投げ、また受け止めてを繰り返している。
二人は同時にこちらを向いて、手を上げて見せた。
その二人の姿を薄闇にみとめ、りつかは全身の緊張が一気に解けるのを感じた。
とたんに、こんどは体中が激しく震え出した。肩を小刻みに震わせ、力ない両手で顔を覆った。ドアを押し開け、店に入る。とたんに涙が溢れ出した。肩をゆすって泣いた。
シミから漂う甘くほのかに酸っぱいミルクの香りに、啓も気づいたようだった。
「啓を必要としている人は他にいて、きっと今も啓を待ってる」
りつかが噛み締めるように言った。
急に啓は冷めた仕草で腕を下ろし、ふっと笑った。
「俺は現実と向き合って必死なのに、お前はいい年して、今更男遊びか」
信忠と紫苑のことを言っているに違いなかった。
思わず握りしめた拳が、わなわなと震え出す。
「・・・あの人たちは、私を大事に思ってくれてるの」
これまで啓と過ごした十年もの年月に積み重ねたものたちが、音を立てて崩れ落ちた気がした。
りつかは店のドアを開け、啓を外へと促した。
「それに、私もあの人たちがとても大事なの。何も知らないで、遊びなんて勝手に決めつけないで。もう絶対に来ないで」
啓は、ふっと冷笑の吐息をひとつこぼし、りつかを見ずに店から歩み出た。夜空の下、新車のファミリーカーの車体が、店の灯りを受けて光っていた。
啓は荒っぽく運転席のドアを閉め、エンジンをかけた。
駐車スペースから出て行く啓の車のテールランプを見送りながら、啓にはもう新しい「現在」があるのだと、りつかは思った。
そして、自分にも───。
チャリン、チャリンと小さな金属がぶつかり合う音がして、りつかは向き直り、思わず声を上げた。
「ここにいたの?」
そこには信忠と紫苑の車がまだ並んで停まっていて、二人ともそれぞれの運転席のフロントドアに寄りかかっていた。
信忠は煙草の火を携帯灰皿に押し付けて消したところで、紫苑は手遊びをするように、車のキーを手元で投げ、また受け止めてを繰り返している。
二人は同時にこちらを向いて、手を上げて見せた。
その二人の姿を薄闇にみとめ、りつかは全身の緊張が一気に解けるのを感じた。
とたんに、こんどは体中が激しく震え出した。肩を小刻みに震わせ、力ない両手で顔を覆った。ドアを押し開け、店に入る。とたんに涙が溢れ出した。肩をゆすって泣いた。

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