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明君のお母さんと僕
第3章 昆虫図鑑
咄嗟に思いついた嘘だったが、明君のお母さんは「そう? それなら……」と頷いていたから、信じてくれたと思う。
 僕は明君の家に行くと、まずやるべきことがある。リビングの奥にある襖を開いて、畳の和室に入る。そこには明君のお仏壇がある。初めて明君のお仏壇を目の当たりにしたときはやはり、泣きそうになった。明君が「死者」であることをあらためて実感したからだ。
 僕は明君のお仏壇の前で手を合わせて、目を閉じる。「今日も遊びに来たよ」と心の中で話しかける。その間、明君のお母さんは僕の後ろに座って、一緒に手を合わせている。
「ありがとう。明も毎日、善三郎君が来てくれるから喜んでいるわ」
 お仏壇に手を合わせた後、明君のお母さんは立ち上がり、リビングに戻った。僕も後を追う。
 リビングで麦茶を飲んで、お菓子も食べる。その後、リビングのテーブルで宿題をするのだけど、
「ねえ、今日は明の部屋でしない?」
 明君のお母さんが提案してきた。僕は少し驚いたし、複雑な気持ちにもなった。明君の部屋は明君のものであって、僕がそこに入るのは失礼なような気がしたからだ。
「あっちのほうが勉強机もあるし、明の使っていた教科書もあるから……」
 明君のお母さんはどうしても明君の部屋に行きたいようだった。その理由は分からなかったけど、明君のお母さんが懸命にお願いしているように思えて、断ることも出来なかった。
 明君の部屋に入るのは初めてだった。思えば、あの日──明君が事故に遭わず、この家に戻ってきていたら、僕もこの部屋に案内されていたはずだ。
 想像していた通り、整理整頓された部屋で、僕の部屋とは大違いだ。勉強机の横に本棚があって、ひとめで分かるほど、明君が昆虫好きであることが分かった。昆虫の図鑑シリーズがきっちりと並んでいた。あまり物色するのは明君に悪い気がして、僕はとりあえず明君の使っていた勉強机の椅子に腰かけた。キィと金属のきしむ音がした。
 ふいに明君のお母さんが静かになっていることに気づいて、後ろを振り返った。明君のお母さんは部屋のドアの前に突っ立って、目を細めて僕を見ている。
 だけど、すぐに笑顔を作って、
「今日は何をするんだっけ?」
 ゆっくりと、恐る恐るといった感じで部屋に入りながら、宿題の内容を聞いてきた。
「数学をしようかな」
 僕は鞄から問題集とノートを出して、机に広げた。
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