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明君のお母さんと僕
第6章 風鈴と羊のタオルケット
 僕の幼稚な意地はその声で跡形もなく消えてしまった。
 確かめたかった。明君のお母さんがそこにいることを。
 僕は振り返る。明君のお母さんはドアを半分ほど開いて、いまこっちに駆け寄ろうとしているところだった。今日はサイズが小さめの白いTシャツと、濃いベージュの長いスカートだった。慌てて出てきたのだろう。スリッパは穿いたままだ。
 明君のお母さん?
 ガク然とした。二日間無視されたことも忘れて、僕は明君のお母さんの元に駆け出していた。
「どうしたの!? その顔!」
「……ごめんね。昨日も一昨日も来てくれていたのに。オバサン……」
明君のお母さんは右目を抑えながら、涙声になっていた。実際に涙のしずくが一本見えた。涙は左目からつーっと、右目には紫色の痣があった。
「顔……目の上……」
「ごめんね」
「いいんです……それよりもその顔……」
「こんな顔だけどいい? 怖くない?」
 明君のお母さんは近所の目を気にするように、小さな声で聞いてくる。
「怖くない……」
 僕は首をぶんぶん振った。
「……うちに入って」
 明君のお母さんは右目を手で隠したまま、左目で僕を見ながら言った。

★

 僕は今日も「明君の部屋」に案内された。
 だけど宿題をしようとは思わなかった。
 麦茶をお盆に乗せた明君のお母さんが部屋に入ってくると、僕は勉強机の椅子ではなく、床のカーペットに上に正座した。大事な話をするときは正座が基本だからだ。
「あら?」
 突然の僕の行動に明君のお母さんは驚いていたが、お盆を床に置くと、向き合う形で座った。明君のお母さんは正座でなく、お姉さん座りだった。
「どうしたの、あらたまって……」
 明君のお母さんは軽く笑ったので、僕は口を挟むように真面目な声で聞いた。
「それは、旦那さん?」
 右目の上にある紫色の痣を見ながら言った。
 明君のお母さんは痣の部分を撫でながら、
「気にしなくていいのよ」
 うすら笑いを浮かべて誤魔化そうとする。
「僕、気づかなかったよ。この前見た体の痣も……」
 脇腹あたりにあった生々しい痣を思い出す。
「……そうね」
 明君のお母さんは観念したように事実を認めた。
「許せない」
 僕は膝の上に置いた手をギュッと握った。
「うん」
「絶対に許さない」
 僕は麦茶のコップを手に掴み、ストローで一気に飲みほした。
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