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明君のお母さんと僕
第9章 夕餉
「ちゃんと聞いて。全部オバサンが悪いんだけど、こういうことはしたらダメなの。分かるよね? オバサンは結婚しているから」
僕は初めて明君のお母さんの左手の薬指をまともに見た。
今まで結婚指輪をしていることなんて一切、気に留めなかった。
僕にとって明君のお母さんは人妻というより、友達のお母さんだったから。
「僕、誰にも言わないよ」
「そういうことじゃないの」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「だから、うちに来たらダメなの」
「そんなの嫌だよ」
「ねえ……わかって」
僕は女の人と押し問答をしたのが初めてで、ぐぅの音も出なくなることを知った。
それでも僕はしつこかった。
何も言えなくなると、実際、その場で立ったまま黙り込んだ。石になった。
テコでも動かない。今この部屋から出ていったら、もう二度と入れない。
それなら出ていかなければいい。
明君のお母さんも必死だった。僕を何とか説得しようと、もう会ってはいけない理由を何度も何度も、いろんな言葉やいろんな例え話を交えて語ってきた。
「とりあえず座って。どうしてずっと立っているの? しんどくなるでしょ」
立ったままでいれば、明君のお母さんは心配してくれて、説得も一時的に止むのだ。時間は刻刻と過ぎた。これまでは夕方に帰っていたけど、僕は日が暮れてきても動かなかった。旦那さんは今夜遅くなると言っていたけど、さすがに明君のお母さんも焦ってきて、「本当に帰らないと……旦那が帰ってくるわ」と、ついにはエプロンをして台所で夕飯の支度をし始めた。赤いエプロンが可愛かった。
料理をし始めると、明君の家の「夕餉の匂い」が部屋を漂う。僕の知らない匂いだった。
その匂いを嗅いでいると、自分がこの家の住人でないことをあらためて思い知った。
僕の居場所はここではない。
帰ってあげなきゃ、と思った。
「帰る……」
自分に言い聞かせるように言った。
明君のお母さんはその言葉を待っていたはずなのにしんみりと黙ってしまった。
ひどいよ。「帰りなさい」と冷たく言ってくれれば、僕だって踏ん切りがつくのに。
明君のお母さんはエプロンで濡れて手を拭いながら、僕のところまでやってきて、何も言わず抱きしめてくれた。
明君のお母さんはお料理の匂いがした。
僕は初めて明君のお母さんの左手の薬指をまともに見た。
今まで結婚指輪をしていることなんて一切、気に留めなかった。
僕にとって明君のお母さんは人妻というより、友達のお母さんだったから。
「僕、誰にも言わないよ」
「そういうことじゃないの」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「だから、うちに来たらダメなの」
「そんなの嫌だよ」
「ねえ……わかって」
僕は女の人と押し問答をしたのが初めてで、ぐぅの音も出なくなることを知った。
それでも僕はしつこかった。
何も言えなくなると、実際、その場で立ったまま黙り込んだ。石になった。
テコでも動かない。今この部屋から出ていったら、もう二度と入れない。
それなら出ていかなければいい。
明君のお母さんも必死だった。僕を何とか説得しようと、もう会ってはいけない理由を何度も何度も、いろんな言葉やいろんな例え話を交えて語ってきた。
「とりあえず座って。どうしてずっと立っているの? しんどくなるでしょ」
立ったままでいれば、明君のお母さんは心配してくれて、説得も一時的に止むのだ。時間は刻刻と過ぎた。これまでは夕方に帰っていたけど、僕は日が暮れてきても動かなかった。旦那さんは今夜遅くなると言っていたけど、さすがに明君のお母さんも焦ってきて、「本当に帰らないと……旦那が帰ってくるわ」と、ついにはエプロンをして台所で夕飯の支度をし始めた。赤いエプロンが可愛かった。
料理をし始めると、明君の家の「夕餉の匂い」が部屋を漂う。僕の知らない匂いだった。
その匂いを嗅いでいると、自分がこの家の住人でないことをあらためて思い知った。
僕の居場所はここではない。
帰ってあげなきゃ、と思った。
「帰る……」
自分に言い聞かせるように言った。
明君のお母さんはその言葉を待っていたはずなのにしんみりと黙ってしまった。
ひどいよ。「帰りなさい」と冷たく言ってくれれば、僕だって踏ん切りがつくのに。
明君のお母さんはエプロンで濡れて手を拭いながら、僕のところまでやってきて、何も言わず抱きしめてくれた。
明君のお母さんはお料理の匂いがした。

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