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籠の中の少女
第1章 佐伯と小夜香
 突然、車は制御を失ったかのように大きく蛇行して、片道一車線の反対側車線にまで飛び出した。
 急ブレーキがかかり、小夜香も佐伯も前のめりになり、車は止まった。
 小夜香の両腕が、ハンドルを握っている佐伯の両腕を力一杯抱きしめていた。
 佐伯が放った言葉に、小夜香の身体が理性より先に反応し、運転中の佐伯の腕にものすごい力でしがみついたのだった。
 対向車線に車が走っていたら、確実に事故死だ。車の少ない田舎道だから助かったようなものだ。
 しかし――佐伯はまるで何事もなかったかのように前を見たまま、落ち着き払った表情で顔色一つ変えていない。
 小夜香はうつむいたまま、両腕の力を抜こうとしなかった。
 小夜香は顔を上げ、佐伯を見つめた。瞳は潤み、田舎道の少ない街灯の光をぽつんぽつんと反射させていた。
 佐伯は、小夜香の方を向いた。
 小夜香をにらみつけるように見ている。
 やがて小夜香はハッ、と目を見開き、慌てて佐伯の腕を離し、うつむいて泣き声交じりに「失礼しました、申し訳ございません!! 申し訳ございません……!!」と何度も大声で叫んだ。
 「落ち着け」
 佐伯の声は決して大きくなく、むしろ小さく低かった。にもかかわらず、何物をも黙らせるかのような威圧感をまとっていた。小夜香はその声に、全身をびくつかせピタッと黙った。
 車内には小夜香のすすり泣きの声だけが響いている。
 「……小夜香、顔を上げなさい」
 小夜香は言われた通りに、ゆっくりと顔を上げて、おそるおそる佐伯を見た。
 佐伯は――。
 微笑んでいた。
 その瞬間、小夜香の身体の奥底にある性感の芯は大きく揺さぶられ、強く、大きな電流を一気に解き放った。それは小夜香の全身を駆け巡り、頭の中は真っ白になった。
 小夜香は、泣きそうな、苦しそうな、嬉しそうな表情で目を虚ろにさせ、いきなり水槽をひっくり返された金魚のように全身をビクンビクンと痙攣させ、口からは、移り香してしまうのではないかというほどの甘美な香りをまとった吐息を何度も空に放った。
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